唐津5人ー唐津焼で楽しむくらしとかたち

4月11日(水)から17日(火)の間、
伊勢丹新宿店本館5階にて、唐津焼の作家5人によるグループ展が開催されます。
それぞれの作家の作風と提案するかたちをお楽しみください。

唐津5人ー唐津焼で楽しむくらしとかたち
日 時:4月11日(水)〜17日(火) 10:30〜20:00
会 場:伊勢丹新宿店本館5階
出店者:作礼窯 /岡本修一
鳥巣窯 /岸田匡啓
坊中窯 /田中孝太
土平窯 / 藤ノ木陽太郎
王天家窯/ 福田和祐

伝統をつなぐ最後の工房が挑む、未来に残す和紙づくり ~名尾手すき和紙 谷口弦さん~

佐賀県大和町の名尾地区は、かつては手すき和紙「名尾和紙」の一大産地として栄えた土地です。約300年もの歴史を誇る名尾手漉和紙は、現在は佐賀県の重要無形文化財に指定されている伝統工芸品。その美しさや品質の良さには定評があります。

肥前名尾和紙の入口。この坂を上っていくと工房と展示室があります。

この地の和紙づくりは、集落をあげて行われていました。山間部で農地があまりなかったこともあり、この土地でできる数少ない産業だったからです。原料である梶の木ときれいな清流があることも和紙をつくる土地に適していました。この地のすべての世帯が何らかの形で和紙づくりに携わっていたほどだったそうで、その数は100軒以上に上りました。しかし現在残る工房は、今回取材させていただいた「肥前名尾和紙」ただ1軒。名尾の伝統文化を伝える最後の工房です。

跡取りは、日本最年少の紙すき職人

私たちを出迎えてくれたのは、「伝統を受け継ぐ職人さん」という言葉のイメージとはまるで違う、“今どき男子”でした。肥前名尾和紙の7代目である谷口弦さん。27歳で紙すき職人としては「おそらく最年少」だそうです。

装いも、Tシャツにパーカーを羽織ったラフなスタイル。「伝統工芸品」「職人」などの言葉からハードルを感じがちな人も多いかもしれませんが、弦さんからはそんな壁を感じることは決してないでしょう。3年前まで人気ブランドのアパレル販売員として働いていたという経歴の持ち主です。

明治9年に創業した肥前名尾和紙は谷口家が代々跡を継いでいて、弦さんは7代目。3人男兄弟のご長男だそうです。

最近のマイブームは「リサイクルショップめぐり」。古い有田焼を求めて佐賀市内に出かけることが多いそうです。

伝統を守りながら時代に合う新しい和紙づくりも

弦さんがさっそく、展示室を案内してくださいました。1歩入ると、目を見張るほどの美しい光景が待ち構えていました。

私たちが普段の暮らしで触れる機会の多い和紙は、葉書や便箋などがほとんどではないでしょうか。それらを手に取っても「おしゃれ」と思うことはあまりないかもしれません。

しかしこの部屋にあった和紙は、どれもとびっきりおしゃれで素敵。インテリアとして飾られたカラフルな和紙から透けるやわらかな光が、とても心地よい空間を演出していました。

障子もカラフルな和紙を張るだけでステンドグラスのよう。色和紙を小さく切って張るため、1枚の大きな白い和紙を張るよりも張替がラクなのだそう。うっかり穴をあけてしまってもその場所だけ張り替えればいいなどメンテナンスしやすさも抜群になります。

カラフルな「染め和紙」や、模様が透けた「透かし和紙」は、6代目である弦さんのお父様の代からつくりはじめたものなのだとか。開発に10年の歳月を要したという力作です。

「祖父の代までは質のいい白い和紙をつくっていればいくらでも需要があったのですが、今はこういった工夫が必要になってきています。伝統を守りつつ時代の流れに寄り添った新しい和紙づくりにも今は挑戦しています」。

展示室は古い和風建築ですが、入口をはさんで反対側には、こちらも“今どき”にリノベーションしたおしゃれな空間。ここには和紙を使ったさまざまなグッズが並んでいました。

壁紙や床の一部は和紙でできているそう! どんなインテリアにも合いそうなシンプルなランプシェードやポーチなどもすべて和紙製です。どんなフォルムにも形を変えることができる和紙の可能性を垣間見られる空間でした。

アレンジが効くのは高品質だからこそ

ほかの素材と比べるともろい印象の「紙」ですが、原料や製法がしっかりしていれば用途の幅が広がるようです。しかし、どの和紙もそうであるとは限りません。そこに名尾和紙の特長がみられます。

「一般的に和紙の原料は楮(こうぞ)やみつまたですが、名尾和紙は梶の木が主原料になっています。梶の木は繊維が長いため、それだけ丈夫な和紙がつくれます。薄さと強さを兼ね揃えた名尾和紙は、提灯や障子紙など光を通すものへの需要が高く、今でも提灯屋さんからの注文が止まることはありません」(弦さん)

地域の学校の卒業証書なども受注生産。半年かけて校章を透かし加工し、1枚1枚丁寧につくっているそうです。

名尾和紙ではこの梶の木を栽培することから和紙づくりをしています。毎年1月に梶の木を1年分伐採し、硬い皮をはがすところからスタート。大きな窯で煮炊き、撹拌し…とすべての工程を昔ながらの製法で行っているのです。

こちらが梶の木。特長的な形の葉っぱは、会社のロゴマークになっているそうです。

干し柿づくりと紙すきのちょうどよい関係性

名尾和紙は冬場の数か月は紙すきを中止します。その理由は「干し柿づくり」。
取材に伺った12月も、和紙工房には人がおらず、ちょうど休止期間中でした。

この地域は干し柿の生産地としても知られていて、冬には各地でオレンジ色の柿が大量に干され、さながらオレンジ色の大きなカーテンのような光景が随所で見られます。

「ちょうど今朝、柿をすべて干し終わったんですよ」と、案内してくれました。

数万個の柿が干された様子は、圧巻のひとこと。毎年カメラを抱えた写真愛好家が撮影に訪れるほどだそうで、確かにフォトジェニック!インスタ映えも抜群です。

「他の産地では、紙すきは農業の閑散期の冬場に行う副業なこともあるようですが、うちはその真逆。柿の皮は梶の木のよい肥料になるんですよ」と、和紙づくりと干し柿づくりが相互でよい影響を与えていることも教えてくれました。

ちなみに、取材日に柿が干されていたこの場所ですが、柿のあとには伐採した梶の木が干されるのだそうです。こんなところも合理的です!

大量に干してあるのは梶の木です。よく見ると、柿が干してある小屋と同じです。

ラスト1軒になっても続けるわけ

この地に残る最後の和紙工房となった理由はなぜなのでしょうか。まわりがどんどん辞めていく中、それでも続けていることに、きっと強い思いがあるのではと思わずにはいられません。弦さんに伺ったところ、

「じいちゃんに聞いたら、『うちだけになったら儲かろうもん』って言われました(笑) 」

とのお答えでしたが、それは冗談。改めてしっかりとした理由をお話しくださいました。

休止中の工房で紙すきをする様子を実演してくださいました。ちなみに紙すき時も服装はこういったカジュアルな普段着を着ているそうです。

「うちまで辞めてしまったら、障子屋さんと提灯屋さんが困るから続けたと祖父は言っていました。伝統を守りたいという思いよりは、必要としてくれる人たちのために続けてきたら、最後の1軒になってしまったようです」

なくてもいいけれど、あったらもっといい和紙をつくりたい

今、肥前名尾和紙の7代目として、弦さんが取り組んでいる新しい試みがあります。そのために、中川政七商店に会社のブランディングをコンサルティングしてもらっているのだそう。

「間もなくその成果をプロダクトとして発表する展示会を控えていて、今はそれで頭がいっぱいです」とのこと。伝統と若い感性が融合した、なにやらおもしろいプロダクトが生まれるようです。

別れ際に、弦さんのこれからの夢や目標を伺いました。

「和紙で、名尾や佐賀県を良い方向にもっていく1つのきっかけになれたらいいなと思っています。なくても生活はきっとできるだろうけれど、それでもあったほうがいいよねと思われるような存在に和紙をしたいです。そんな和紙をつくる紙すき職人になりたいです」

冗談交じりに笑いの絶えない取材となりましたが、最後にこのようにしっかり締めてくださり、とても頼もしく感じました。27歳の弦さんがこれから名尾地区に新しい風を吹かせるのは、きっと間違いないでしょう。


問い合わせ先

名尾手すき和紙株式会社
〒840-0205 佐賀県佐賀市大和町名尾4756
TEL:0952-63-0334

ブルーのうつわがもたらす、肥前吉田の未来の青空 ~副久製陶所 副島久洋さん~

春の空のような薄いブルーから、深く濃い群青色まで。5種類の鮮やかなブルーのグラデーションが美しい器「副久GOSU」で知られる副久製陶所を訪れました。

嬉野市は美肌の湯として知られる「嬉野温泉」や「嬉野茶」が有名で、観光地としても人気がある土地です。副久製陶所のすぐ裏にも段々畑があり、お茶の産地であることを物語っていました。

タイムスリップをしたかのような街並みの中にある副久製陶所は、昔ながらのレンガ造り。「スタイリッシュな副久GOSUをつくっているからには、きっとモダンな工房なのだろうな」という予想は大外れでした。中に1歩入ると、さらに情緒たっぷりの風景が広がっていました。

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中央のテーブルの上にある青い器が「GOSU」です。

3代目で挑戦するたくさんの「初めて」

お話をしてくださった副島久洋(そえじまひさひろ)さんは、この製陶所の3代目。お気づきかとは思いますが、「副久」は苗字と名前からきていて、おじい様、お母さま、息子さんも「久」で始まるお名前だそうです。伺うと、この地域の窯元にはそのパターンの名称が多いのだとか。

入口を入ってすぐのところに「久」の文字が。この板はやきものを乗せる「皿板」を再利用してつくったそうです。

副久GOSUが生まれたきっかけは、有田焼創業400年事業への参加でした。会社のブランディングから見直し、得意な技術を前面に出してこのシリーズを考えたそうです。外部のデザイナーさんを招くのは会社としては初の試みですし、ターゲットやコンセプト、WEBサイトづくりなどもすべて手探りから始まったそうです。

副久GOSUというネーミングは、古くから磁器の絵付けや染付けに使われている顔料である「呉須」からきています。はっとするほど鮮やかな青色は、数百年もの時を経て今も多くの人を魅了し続けています。

美しい青と伝統技術を残すために

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なぜ副久GOSUシリーズをつくるに至ったのでしょうか。

「正直なところ、日本の焼き物業界は、量産物や輸入物の食器におされて厳しい状況下にあるのはずいぶん昔からのことです。売れないからだんだんつくらなくなるけれど、そうするとこれまで培ってきた伝統技術がどんどんすたれていってしまう。それではいけないと思ったからです」(久洋さん)

副久GOSUには、青が美しい呉須の魅力と、副久製陶所が得意とする『濃み(だみ)』の技法を融合させることで、この地域のうつわの魅力を今までと違う方に知ってもらいたいという思いがこもっているのだとか。

久洋さんのそんな思いはしっかりと伝わり、東京など都市部での売り上げも好調だそう。また羽田空港の国際線ターミナルでも販売されていて、海外へ持って行く手土産としても多くの人に選ばれています。

「呉須(ごす)」と「濃み(だみ)」

「時代の流れもあり、今は絵付けされた器よりも形と色を楽しむ器のほうが人気があります。だからといって絵付けをしないと技術が廃れてしまう。うつわ前面に濃みを施すことで色皿のように仕上げて、ちょうど両立できるようにしました」と久洋さん。

多くのことは語らない久洋さんですが、副久GOSUについてもう少し詳しく伺うと伝統の技法を大切にする気持ちがとても強く伝わってきました。

「濃み」は「濃み筆」という専用の筆に呉須を含ませ、落ちる量を調節しながら呉須を器にのせていく技法を用いています。「塗る」でも「描く」でもなく、まさに一筆一筆丁寧に動かしていくのです。高度な技術が必要になりますし、すべて手作業のため、つくれる個数も限られています。

そんな工程を経てつけられた模様が、副久GOSUのやわらかな雰囲気を醸し出しています。澄んだ鮮やかな色合いの中に、人の手のぬくもりや優しい質感を感じることができます。

また、グラデーションをつけて複数販売することで、呉須の青色の魅力を有効にPRすることもできます。外部へのPRは、副久製陶所では今まで行ってこなかったジャンルでした。少しずつ深みが増す青色の魅力を伝えるにはグラデーションはもってこい。羽田空港での販売も好調と前述しましたが、その理由の1つに「副久GOSUは、日本の伝統技術について外国の方へ説明しやすいから」ということもあるそうです。

日常使いのうつわを自由につくる

見本のうつわがずらり。すべて副久製陶所でつくられているものなのだそう!「あ、これうちにある!」といううつわがあるかもしれません。

ところで、副久製陶所でつくるうつわは何焼きなのでしょうか。その疑問に久洋さんが「よく聞かれるんですよ」と苦笑しながら応えてくださいました。

「ここは有田焼の産地の1つです。有田焼創業400年事業に参加できたくらいですから。ですが土地は肥前吉田地区で、うちも肥前吉田焼にジャンル分けされると思います。有田焼は割烹などで使うハイクラスなうつわが多いのに対して、肥前吉田焼は一般家庭で使う日常使いのうつわが多いんです。だから、自由で個性豊か。私たちもつくりたいうつわを自由につくっています」

ちなみに、肥前吉田焼の代表作は、昔の湯呑みカップの象徴ともいえる藍色に白のドット模様のあの磁器です。有田焼や伊万里焼に比べるとその名前を聞くことはあまりないかもしれませんが、私たち日本人にとっては、とても親しみ深いやきものなのです。

毎週月曜日の朝は3人で朝礼

副久製陶所のメンバーは、久洋さんと奥様の美智子さん、そしてパートタイマーとして20年間毎日通ってきてくれているという副島喜代美さんの3名です。取材の間に和気あいあいと談笑する姿は、仲良し3人組という雰囲気です。

 

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そんな3人で、毎週月曜日の朝は朝礼を行い、声をそろえてこんな言葉を読み上げるそうです。

「私たちは、心の満足を与えられる商品づくりを行い、吉田を陶磁器の産地として後世に残す一助となるように手仕事が評価されるやきものづくりを行います」

これが副久製陶所の経営理念であり、3人がともに抱く目標でもあります。

「自分たちも楽しみながら、お客様にも満足していただけるやきものをつくりたい。そうやって頑張ることで、この地域の陶磁器産業を元気にできたらと思っています」と久洋さんがにこやかに語ってくださいました。

窯元を続けていくかはノープラン

この日は窯に火を入れた日でした。1時間ごとにグラフを描いて温度を管理しています。今使っている窯に変えてから通算798回目の窯焚きだそうです。

肥前吉田焼を後世に残したいという思いを強く持っているからには、副久製陶所の跡取りとなる4代目の存在が気になるところですね。ところが、「ノープラン」とのこと。

副島夫妻には25歳を筆頭に3人のお子さんがいらっしゃるそうですが、今のところ跡を継ぐという意思は示していないそうです。また、久洋さんも美智子さんも必ずしも継いで欲しいとも思っていないのだとか。

「地味な仕事ですし、跡を継いで欲しくても心から楽しめないと続かないと思うので、子どもたちには無理強いはしたくないですね。私たちが楽しんで作陶をできているのもうつわが好きだからこそなんです」と、跡継ぎに関しては柔軟に考えているようです。

美智子さんの足元。冷暖房設備のない工房では、冬は「ムートンブーツの中に足用のホッカイロ」がマストアイテムだそうです。

「まだまだ」「もっと」という気持ちも

そんな理由からかつては自分たちの代で窯を閉じようと考えもしたそうですが、副久GOSUの誕生で作陶がさらに楽しくなってきたこともあり、少しずつ「まだまだ」という気持ちも芽生えてきているのだとか。「新しい試みを開拓したら、もっともっとという前向きな気持ちになりました」と話す久洋さんの表情からはワクワクする気持ちが伝わってきました。

窯の近くにある神棚。良いうつわが焼けるように、窯焚きをしている間はろうそくの明かりを灯すそうです。

「今は子育てが終わって、自分たちがつくりたいうつわをつくれる充実した日々を送っています。副久GOSUをきっかけに東京などに展示会の出展などで出かけることや窯元仲間も増えて、楽しみも増えました。ほかの職人さんがつくるうつわを見ると素敵なものが多くて刺激になりますし、窯元の奥様たちと“女子会”で情報交換をしたりもしています(笑)」(美智子さん)

お話をうかがうと、ご夫婦おふたりともかなりの「うつわ好き」のよう。子どもたちに無理に跡を継がせることは考えていないけれど、窯を閉じるのはさみしいというのが本音なのかもしれません。

色あせない美しいブルーをこれからも

看板も皿板を再利用。訪れてくれる観光客が増えてきたため、迷わないようにと美智子さんが手書きしたそうです。

そんなうつわ好きなメンバーが仲良く和気あいあいと、愛情をたっぷり込めてうつわづくりをしている窯元が、副久製陶所です。みなさんが抱くうつわへの愛情を知ると、すべてのうつわがよりいっそう愛おしい存在に思えてきました。

副久GOSUの青色は「下絵」といって本焼きをする前の工程で顔料と釉薬を上から塗るため、その色合いが色あせることはないそうです。ずっと変わらない鮮やかなブルーがもたらすこの地の未来が、くっきりと晴れた青空のように明るい景色であることを願っています。


問い合わせ先

副久製陶所
〒843−0303 佐賀県嬉野市嬉野町大字吉田丁4099-1
TEL:0954-43-9606
website:http://soekyu.jp/

献上品と量産品の間に新たな価値感を ~虎仙窯 川副 隆彦さん~

「秘窯の里」として知られる、佐賀県伊万里市の大川内山(おおかわちやま)地区。かつては鍋島藩の御用窯が置かれ、高度な技術を外部に流出させないよう陶工たちが集められたという歴史を持つ集落です。ここでつくられていた鍋島焼は将軍への献上品や諸大名への贈答品とされ、高い評価を得ていました。

御用窯として華やかな鍋島焼がつくられていたのは300年以上も昔のことではありますが、大川内山は現在でも約30軒の窯元が並ぶうつわの街。当時の面影を残す石畳の坂道には窯元やうつわ屋が軒を連ね、ゆっくり散策したいと思わせるとても素敵な街並みでした。

大川内山の町並み。後ろにそびえる山々は水墨画のよう。日本にもこんな景色があったのかと思わせる絶景です。

今回伺った虎仙窯は、その大川内山で鍋島焼をつくる窯元の1つ。跡取りとして家業を継ぐ川副隆彦さんにお話を伺いました。

「興味なし」から一転、鍋島焼の魅力にどっぷり

20歳で作陶の世界に入った川副さんは、現在36歳。この道うん十年という熟練の陶芸家が多いことを考えるとかなり若手です。虎仙窯はおじい様の代からで、隆彦さんは3代目。陶芸一家のご長男です。

「最初、うつわづくりはそんなに興味がなくて、せっかく入った窯業大学校も中退してしまったほどだったんですけどね」と、若い頃のエピソードも隠すことなく教えてくれた川副さんですが、今はうつわの世界にどっぷりとハマり、寝ても覚めても鍋島焼のことを考えてしまうほどのよう。うつわから離れたプライベートのお話を伺っても、結局うつわの話でもちきりになってしまうほどでした。それほどまでに川副さんを魅了する鍋島焼とはどんなものなのでしょうか。

献上品から美術品へ変化をとげた鍋島焼

将軍への献上品。鍋島焼の格調高さはその用途からも伺い知ることができますが、現在作られているのは、当然ながら将軍や大名のためのものではなく、一般家庭向けのうつわがほとんどです。

とはいえ、職人が手作業で1枚ずつ仕上げる高級品であることには変わりません。現在作られている鍋島焼は、4色の絵付けが施された「色鍋島」、青色だけで絵付けされた「鍋島染付」、そして青磁の釉薬をかけて焼く「青磁」の3種類が主流。

虎仙窯でつくるうつわは、青磁がメインです。ショールームにはきれいな青色のうつわがずらりと並んでいました。

虎仙窯の青磁の原料は大川内山で採れる天然の石。この地域の窯元だけが使うことができる貴重なものです。

虎仙窯の青磁のうつわは、気温や湿度によって微妙に仕上がりが変わるなど、決してラクにつくれるものではないのだそう。川副さんのおじい様が10年かけて、失敗を繰り返しながらつくりだしたそうです。今でもこのきれいな青色を出すためには熟練の技が必要です。

ショール―ムに飾られたおじいさまの青磁への思い。
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釉薬としてうつわ全体にかけるだけでなく、川副さんは顔料として絵付けをすることもあるのだそう。淡い水色の葉っぱが青磁による色です。

川副さんは一級技能士と伝統工芸士の資格を持ち、若くして絵付けの技術に定評がある職人さんです。川副さんがつくる繊細で優美な絵皿は美術品として評価が高く、使うのではなく飾るお皿としてジャンル分けされることが多いようです。

目指すのは「鍋島焼文化の確立」

鍋島焼はその格の高さにより、この大川内山以外ではお店で手に取って見ることはあまりできません。「鍋島焼が見たいなら美術館へ」というのがセオリーになっていることを川副さんは変えたいと考えています。

鍋島焼のクオリティは残しつつも、一般的に流通できる価格帯のうつわがあってもいいのではないか。そのために今、川副さんが三度のご飯よりも大好きなうつわづくりの手を止めてまで取り組んでいる新プロジェクトがあります。

虎仙窯には「こせんカフェ」を併設。おいしいケーキとコーヒーがいただける憩いのスポットになっています。

虎仙窯は昨年、佐賀県がバックアップする「さが土産品開発支援推進事業」に選ばれ、日本各地の工芸メーカーを再生させてきたことで知られる中川政七商店のコンサルティングを受けています。取材に訪れたころは、1年かけて行ってきたこのプロジェクトの集大成として、新しいブランドを構築している段階でした。

川副さんたち虎仙窯がつくる新ブランドのテーマは「美術的商工藝品」。
高級な美術品と量産のリーズナブルなうつわの中間に位置する、美術品としての魅力と日常使いのしやすさを兼ね揃えたシリーズです。中心に「商」というワードが付いていることがポイントで、美術的な工藝品でありつつも、鍋島焼を多くの人に身近に感じてもらえるうつわ文化を確立したいと考えているそうです。

鍋島の伝統的な思いや考え方、技術を継承していく為に「鍋島の技術を美術的な要素を残した日用品を作る」。そんな思いから「大名の日用品」という商品コンセプトが生まれ、商品開発をするようになりました。

15年後の自分がものづくりに没頭できるように

今、川副さんの頭の中は新ブランドのことでいっぱいです。新ブランドを立ち上げるにあたり、会社の経営も根本から見直し中で、帳簿にも向き合う毎日です。いきいきとお話をしてくれるその様子から、そういったマネジメントのお仕事もお好きなのだろうなと感じさせるほどですが、ご本人は全否定でした。

「経営は好きでも何でもないですよ。本当はものづくりをしたいんです。でもそれは会社あってのこと。50歳になったときに、大好きなうつわに思いっきり向き合えるように、今は会社を、そしてこの大川内山を元気にすることに力を注いでいきたい」とのお答えでした。

50歳というと14年後。そのころに会社の経営を安定させ、川副さんの絵付けの技術を存分に発揮するために、まずは5年後に美術的商工藝品を軌道に乗せたいと考えているのだそうです。

大川内山を「わざわざ訪れたい場所」に

鍋島焼の破片を貼り合わせたデザインの「鍋島藩窯橋」の上にある高さ1メートルを超える大きなモニュメントは、川副さんのおじい様が提供したもの。

川副さんが愛する鍋島焼の魅力は、この大川内山という土地あってのことだそうです。

「ここは、とてもきれいな場所です。山とおいしい食材、語り継がれるに値する歴史的背景も持ちあわせています。じいちゃんやひいじいちゃん達がつくりあげてきた鍋島焼という伝統工芸もあります」

 

再びこの道が観光客であふれる日を、川副さんは夢見ています。

訪れる人が少なくなっている大川内山が、わざわざ足を運びたいと思ってもらえる観光地になるように。「秘窯の里と言うくらいだから、大にぎわいとまではいかなくてもいいかもしれませんが」と遠慮しつつも、新ブランドが自らの会社の経営だけでなく地域全体を巻き込んだ大きな改革の起爆剤にしたいと意気込んでいます。

新しい価値観と工芸文化の創造を

川副さんの挑戦は、今までにない価値観をもたらし、鍋島焼に新たなジャンルをつくるというとても難しいこと。しかしその根底にある思いはただ一つ、とてもシンプルでした。それは「大好きな大川内山と鍋島焼をたくさんの人に知って欲しい」ということ。

「じいちゃんたちがつくった伝統も、ここで鍋島焼をつくる仲間たちも、うつわづくりもすべて好きだから、今ここで頑張らないと」と話す川副さんから伝わる「好き」という気持ちのパワーは、強くあたたかいものでした。どんな新ブランドができあがるのかが楽しみでなりません。


問い合わせ先

虎仙窯
〒848-0015 佐賀県伊万里市南波多町府招1555-17
TEL:0955-24-2137
website:http://www.imari-kosengama.com/

”布のような器” で陶磁器業界に新たな風を ~文山窯 中島さんご夫妻~

「窯元」というと、歴史ある古い窯を持ち、昔ながらの技法で陶磁器を焼いているイメージが強いと思っていましたが、そんなイメージを覆す窯がありました。その名も「トンネル窯」。長さ30メートルの大きな窯の中を台車が移動するオートメーションシステムを搭載。実際に目の前にすると、その規模や大きさは圧巻のひとことでした。

今回おたずねした文山窯のほか5つの窯元がこのトンネル窯で有田焼を焼いています。

年末年始以外は常に火が炊かれているというこのトンネル窯では、数多くの有田焼が焼かれています。その中には有名メーカーの食器や小物のほか、人気カフェのドリッパーなども。「あの食器がここで焼かれているとは」という発見もたくさんありました。

1窯1窯火を焚き、徹夜で火加減を見ながら焼く窯元が今でも多数あることを考えると、このシステムを採用することは大きな決断が必要だったのではないかと思わずにはいられませんでした。

トンネル窯のシステムはかなりシステマチック。成型された焼き物を乗せた台車が72分で1メートルずつ移動し、窯の出口からもともと台車があったスペースに戻るのは約30時間後。窯の温度や動くスピード、戻る位置まですべてコンピューターが管理しています。

「焼く」以外はすべて手しごと

この窯で有田焼をつくる文山窯(ぶんざんがま)は、1953年に創業した窯元で、お話をしてくれた中島正敏さんは3代目の社長さん。取材にうかがった日は雪がちらつくとても寒い日でしたが、ご登場された中島さんはなんと、Tシャツ姿!真冬でもTシャツ1枚で過ごしているそうです。(ちなみに、トンネル窯のまわりは冬でも暑いというわけでは決してありませんでした)

当番制で「宿直」の日もあるそう。「昨日まで2日間ここに泊まり込んでたんですよ」とちょっとお疲れの模様。

そんなユニークな中島さんですが、つくる有田焼はとてもエレガント。代表的な商品は「プラチナ牡丹」シリーズです。「一珍」という技法を用い、その特徴を最大限に活かした華やかな食器たちは、20年以上文山窯の主力商品として売れ続け、今も人気を誇るロングセラー商品です。

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プラチナ牡丹シリーズの一部。カラーバリエーションはブルーのほかにピンクも。

ハイテクな窯で焼いているとはいえ、それは「焼く」という過程のみ。成型はもう1つある別の工房で、機械ろくろや手びねり、流し鋳込み等で行っています。絵付けは熟練の職人さんたちがこちらも1つ1つ手作業で担っていて、その工程の見学もさせていただきました。

窯の迫力にすっかり圧倒されていたのですが、「手しごとのよさを活かす」という思いのもと、1つ1つ丁寧につくられた高品質なプロダクトを生み出しているところは、ほかの窯元とかわらないことがよくわかりました。

フリーハンドでスピーディーに仕上げる姿に思わず見入ってしまいました。
文山窯が手掛ける有田焼はほかにもたくさんあります。窯の横にあるサンプル展示スペースには、プラチナ牡丹シリーズだけでなく数百種類にもおよぶ器が並んでいました。料亭からの注文も多いそうで、特別な日のごちそうにぴったりな器がずらり。

新プロダクト「ceramic mimic fabric」

いま、文山窯は新しい器シリーズの作陶に着手しています。それが「ceramic mimic fabric」。

最初はそれが有田焼だとは思えず「何でできているのだろう」と頭にクエスチョンマークが浮かんだほどの第一印象でした。

布の模様がついた真っ白なルックスに加え、布のように薄く、さらりとした手触り。あの大きな窯の中で30時間にわたり1300℃で焼かれた焼き物だとはすぐには思えませんでした。

ceramic mimic fabricの“mimic”とは「真似・模倣」という意味。つまり「布のような器」ということになります。どのような技法を用いているのかを、車で数分の工房に移動して見せていただきました。

繊細ゆえに、熟練の手技がマスト

このプロダクトの肝ともいえる布の模様を付けるのは、この道30年以上の古川さんです。穏やかな笑顔とは裏腹に手元の動きは職人技がキラリ。熟練の職人さんです。

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別の職人さんが手びねりで成型した生地に、布を押し当てていきます。あえて薄くつくられた生地はとてももろく、かといって押し当て方が弱すぎてもダメ。生地がやわらかめであることが布地の模様をきれいにつけるのには好ましく、それも薄さと力加減のせめぎあいになります。こんなに薄いのにそこそこの力は必要らしく、見ていてハラハラしてしまいました。

最後にスタンプを押します。絶妙な手加減で1つ1つ作業にあたるため、つくれるのは5分で1個ペースだそう。

布のようにとても薄いことも特長のシリーズですが、その薄さによりさまざまな過程で割れたりつぶれたりといった失敗が生じるのが正直なところだそう。

「本当はもっと厚くしたほうが“取れ(=最終的に商品にできるもの)”は多いのですが、布のような薄さはこのシリーズの売りのひとつ。ここは妥協せずに職人さんたちが頑張ってくれているんですよ」

中島社長の奥様が、古川さんをはじめ職人さんたちをねぎらうようにそう説明してくれました。

昔ながらの技法を応用

布の模様がつけられたデザインのお皿。こちらは文山窯に昔からあるデザインだそう。

実は、焼く前の生地に布を押し当てて柄を付けるというのは、文山窯では昔からやっていた技法で、特段新しいというわけではないそう。

「戦後の物資が少ないころは、筆を持ってきれいな絵を描ける人がいなかったから、ノコギリの刃や釘で柄をつけていた時代もあった。その中で蚊帳を使い布目を写す技法が出てきたのだと先代から聞いています」

今でもその技法は残っており、サンプルの器の中には布地が模様としてつけられたものもいくつかありました。

3つの挑戦を込めて商品化

ceramic mimic fabricの制作と販売において、文山窯は3つの挑戦を行っています。

まず1つ目は新たなフラッグシップづくり。

このシリーズをつくるきっかけは、2016年の有田焼創業400年事業の一環でもありました。前述したように「のこの刃や蚊帳で模様をつけていた時期も」という先代の話を思い出し、ほかにはない文山窯らしさを前面に出した、原点回帰ともいえるプロダクトとして生まれたのだとか。

布のような薄さにこだわる理由もここにあり、この薄さは磁器だからこそ実現できるということもあるそう。しかも同じ磁器でも、有田焼をつくる素材である天草の石でないとできないであろうとも考えています。白が美しいこの素材の良さを前面に出すため、釉薬で色付けせず潔く真っ白で勝負。新しい文山窯のフラッグシップとして成長させたいと意気込んでいます。

そして2つ目は、これまでとは違う流通ルートへのチャレンジです。

商品の販売は商社や問屋が間に入り、価格設定やパッケージングなどもお任せしていたのが今までのやり方でしたがceramic mimic fabricはそれらもすべて自社で行います。

「最初から最後まで自分たちでするのは初めてのことですから、正直かなり手探りです。でもお客様に近いところで商品を届けられるのは楽しいですよ」と奥様。

作陶は社長であるご主人が、販売や広報活動は奥様が担当しています。有田焼の事業として、プロのデザイナーやWEBプロデューサーがアドバイスに入ってはいますが、実際にPR活動を行うのは奥様が主体となって自社で行っています。

「主人より私のほうが器好きかも」と話す奥様は、PR活動もとても楽しんでいるご様子。商品に注がれる愛情はたっぷりです。

左からレースカーテン、リネン、ニットで模様づけをした花器。使うテキスタイルによってガラリと表情が変わります。

そして3つ目の挑戦は、有田焼を元気にすること。業界全体をひっぱる大きなチャレンジです。

108 円で食器が手に入る今、有田焼も価格競争に巻き込まれているのが現状です。「窯元だけでなく、素材の土を卸す業者や生地屋さんなども疲弊している」と話します。

「決して安くはない価格設定ですが、手しごとの良さを多くの人にわかってもらうきっかけになればと思っています。そうすれば、ほかの窯元さんがつくる有田焼の魅力にも気づいてもらえるはず。お値段は張るかもしれませんが、それだけの価値があることを、まずは手に取って感じてもらえたらと考えています」

焼きあがった器を板ごとひょいっと持ち上げて運ぶ姿職人さんを後ろから。バランスを取りながら手早く運ばれていらっしゃいました。

なお、食器だけではなく花器にも力を入れているのは、まずは1つ手に取ってもらえるようにというアイデアから。今まで有田焼にあまり触れてこなかった若い人にアプローチしたいという思いから、さまざまな工夫が凝らされています。食器だとどうしても複数必要になることが多いうえ、ほかの食器とのバランスも考えて躊躇してしまいがちだからだそうです。

「本当はあと10年ほどで窯を閉じようと考えていたのですが、ceramic mimic fabricをつくりはじめてからはもっとやりたいと思うようにもなりました」とにこやかに話す奥様の表情が、いきいきとしていてとても素敵だったのが印象的でした。

見て触って、魅力を体感して欲しい

タンブラーは、その薄さゆえの口当たりの心地良さにも驚くはず!

ceramic mimic fabricはぜひ手に取ってその魅力に触れていただきたい逸品です。布がもつあたたかみや風合いの魅力はもちろんのこと、主役である食材や花を入れることでがらりと変わる表情にハッとさせられることでしょう。

ビギナーにおすすめなのはやはり花器。奥様いわく「真っ白だからグリーンとの相性がとてもいい」そうです。そう大きくはないサイズなので、ほんの数本のグリーンをいけるだけでOK。その場の印象がぐっとおしゃれに引きあがること必至です。


問い合わせ先

文山製陶有限会社
〒844-0007 佐賀県有田市白川丁目7番1号町

※工場
〒849-2305 佐賀県武雄市山内町大字宮野23660(有田焼工業協同組合内)
Tel:0954-45-2215
website:http://www.bunzan.co.jp/

rooms EXPERIENCE 36に出展

 

栗山商店(西川登竹細工)、副島硝子工業株式会社(肥前びーどろ)、中原恵峰工房(浮立面)、株式会社飛鳥工房(諸富家具・建具)、高柳政廣(尾崎人形保存会)・佐賀一品堂(尾崎人形)の5社は、2月21日(水)から五反田TOCビル 13階で開催される『rooms EXPERIENCE 36』に出展致します。

名称:rooms EXPERIENCE 36
会期:2018年 2月21日(水)~2月23日(金)10:00~19:00
会場:五反田TOCビル 13階 (〒141-0031 東京都品川区西五反田7-22-17)
ブース:rooms made in. M30
主催:アッシュ・ペー・フランス株式会社

すべての形に理由がある ~赤水窯 熊本象さん~

赤水窯は佐賀県の唐津バイパス沿いにある赤いレンガ造りの大きな建物の中にあります。すぐ近くには唐津イオンがあり、とてもわかりやすい立地。大きな道路沿いということもあり、車の窓からこの建物を見かけたことがあるという人も多いはずです。

熊本象さんとお父様の熊本千治さん親子2代の工房でありギャラリーであるこちら。扉を開けるとかつて喫茶店だったときのままのカウンターの中で象さんが紅茶を準備してくださっていました。

 

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もともと喫茶店だったという店内にはおふたりの作品が並んでいて、なんだか居心地がいい空間。喫茶店としておいしいコーヒーが今でも出てきそうな落ち着いた雰囲気です。

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ジャズ音楽をBGMに、ゆっくりとお話をうかがうことができました。

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嬉野産の和紅茶と、唐津名物「松原おこし」をいただきました。器はもちろん赤水窯でつくられたものです。

親子それぞれ自由に作陶

2代目の陶芸家と聞くと、父親に師事して跡取りとして作陶をするイメージを抱きがちです。
しかし象さんは「そんなことないですよ」とケロリと話します。

実は象さんと千治さんは、つくっている焼き物の種類がすでに違いました。陶器である唐津焼をメインに作陶するお父様に対し、象さんは磁器がメインです。

象さんが陶芸のいろはを学んだのは有田窯業大と白磁の作家のもとでとのことで、お父様からではないのだとか。工房も建物こそ同じであれ、部屋は別々とそれぞれが自由に作陶しているようでした。

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上段が千治さんの陶器、下段が象さんの磁器です。

象さんが陶芸家としての1歩を踏み始めのは約10年前の30歳のころ。それまでは「ミュージシャンを目指してフラフラしていました(笑)」と照れながら教えてくださいました。

音楽が好きだったことからそんな夢を抱いたこともありましたが、音楽だけでなく工作や絵を描くことも得意だったこと、都会暮らしよりも生まれ育った唐津での暮らしが肌に合うことなどを理由にこの道に入りました。

「作陶中に土を触っていると、やっぱり自分が育った土地の土が肌に合うことを実感します。この土の上で体がつくられたんだなと、感じるんです」

ちなみに…と前置きをしたうえで、「家に窯があったことも理由のひとつです。せっかくあることだしと思って。だから、自分の代で窯を初めて土地から探す作家さんはすごいなと尊敬しています」とも。思わず場の雰囲気が和むそんなサービストークもしてくれる、とてもフレンドリーな作家さんです。

用途がはっきり定まった器を

そんな象さんがつくる磁器は、主に日常使いの器たち。喫茶店だったことから千治さんも象さんもカップをつくることが多く、店内には紅茶やコーヒーをおいしく飲めそうな美しいカップがたくさん並んでいました。

「陶芸は制限がない工芸品でもあるので、器や花器でなくてもなんでもありなんです。土を握りつぶしてオブジェですと言い張ることだってできちゃいます(笑)。 でも、制限があったほうがつくり甲斐があると感じるので自分に制限を設けています。だから用途がはっきりとした器はつくっていて楽しいんですよ」

作品が器ばかりである理由はそんなところにあるようです。「使ってくれる人のためにできることをする」がモットーなのだそうです。

古陶磁を現代風にアレンジ

昔の唐津焼や有田焼など、古い陶磁器を象さんなりの解釈で現代風にアレンジした器づくりも作風のひとつです。

例えばこちらの器は古唐津の小鉢をモチーフにしています。そのまま復刻するのではなく、少し深さをなくすことでのせる料理の幅を広げました。さらにスタッキングできるように上部はよけいな装飾を取りシンプルなつくりに。そうすることで、今の食生活や住宅事情に寄り添う器として、より使いやすく仕上がっています。

伺うとほかの器もすべてそういったエピソードがあり、「なるほど」の連続でした。

販売は個展とギャラリーがメイン

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象さんの器はこちらのギャラリーのほか、全国各地で行っている個展やイベントで購入できます。

個展やイベントへの出展が多いため、個展で並べたときのバランスを考えて作陶しているのも象さんの特徴といっていいでしょう。

「普通につくっているとどうしても丸い器や白い器ばかりになってしまいます。そうなると並べた時におもしろくないので、変化を出すために色ものを差し込んだり、高さのある器をつくったりします」

取材日の数日前まで個展をされていたとこのことですが、そんな理由でつくった黄色のお皿やオーバル皿はとても人気があったそう。バランスを調整することで変化に富んだ器づくりにも一役かっているようでした。

あるべきところに置かれた物たち

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ギャラリーのある1階のちょうど真上にある2階の工房も見せていただきました。
窓の向こうは交通量の多い幹線道路ですが、裏側の窓からは唐津の観光名所でもある「鏡山」の木々が生い茂った景色というコントラスト。

ろくろの前に貼ったデザイン画の隙間に娘さんが描いたかわいらしいイラストがあったりと、象さんの人となりがよくわかる光景があちこちにあり、ほっこりとさせられました。

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ホワイトボードの中央に、娘さんが描いたかわいいイラストが。

私たちが訪れた日は、12月上旬に開催されたグループ展が終わったばかりというタイミングでした。そこに出品した器づくりがなかなかの難題だったそうで、貼ってあったデザイン画もその試行錯誤のあとがちらほらと。そんなエピソードを笑い話に変えておもしろく語ってくれ、笑い声が絶えない時間でした。

作品や道具が雑然と置かれているようにも見えますが、これらのものすべても象さんなりの理由があって「あるべきところに置かれている」のだそう。

たとえばカラフルな器たちも、「いつか使いたい」という釉薬の色合いが常に視界に入るようにとう理由で考えあってその場所にあるそうなのです。

「できた釉薬の色合いでなにをつくるかがすぐにはひらめかないことが多いので、感覚がおいつくまで置いておきます。1年くらいたってふと思いつくことが多いんですよ」と教えてくれました。

扉を開けるとドラムセット!?

 

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工房の隣の引き戸を開けたところには、ドラムがフルセット鎮座していました。
これは象さんが趣味で演奏しているそうです。

壁の向こうにはリビングがあるのですが、ここでドラムをたたいても怒られはしないそう。かくいうお父様も多趣味な人だそうで、ギャラリーの壁にもたくさんの古時計があるのですが、それらはすべてお父様が趣味で修理をしたコレクションなのだとか。作陶にはまじめに取り組み、趣味も思いっきり楽しむ姿勢はお父さん譲りなのかもしれません。

そんな音楽好きな象さんが作陶時に聞く音楽も気になるところではないでしょうか。そのお答えは「朝はゆったりとした音楽で気持ちと体に徐々にエンジンをかけるために、クラシックを聴きながらつくっています」と意外なものでした。

美しさと使いやすさには理由がある

器の形、物の居場所、作陶時に流す音楽・・・。
象さんに質問を投げかけると、すべて納得のいく理由でしっかり返ってくることがとても印象的でした。

象さんがつくる器にファンが多いのは、そんな確固とした理由をもとにつくられた使いやすさや佇まいの美しさにもあるのではないでしょうか。ご購入の際はご本人に形や大きさ、そのほか細部に至るまでの理由を聞いてみることをおすすめします。小さな器1つでもたくさんの理由が込められ、緻密に計算されて形づくられています。そんな「熊本象」がつくる器は、毎日使うものこそ上質なものを選びたいというこだわりに応えてくれるものばかりです。


問い合わせ先

赤水窯
〒847-0022 佐賀県唐津市鏡4758
tel/fax:0955-77-2061
website:https://akamizugama.jimdo.com/