木と向き合い、彫刻刀で魂を授ける ~浮立面 中原恵峰さん~

佐賀県の南西部で行われている「面浮立(めんぶりゅう)」をご存知でしょうか。
鬼のお面をかぶり、鐘や太鼓を打ち鳴らし踊りながら、五穀豊穣を感謝し、悪霊退散や怨霊の鎮魂を祈願する伝統的な民俗芸能です。

工房に飾られていた面浮立の写真。

その面浮立において、重要な役割を持つのが鬼のお面「浮立面(ふりゅうめん)」。これをつくっている中原恵峰さんの工房を訪れました。御年78歳、この道64年の熟練彫師さんです。

楠や桐の木の香りが心地よい工房で、取材中私は何度も、中原さんのいままで歩いた道のりや、現在のお仕事のダイジェスト映像を観ているような気持ちになりました。淡々と語るその姿やまなざしがなんだか神々しくもあり、とても貴重なお話を聞けているのだなぁとありがたく思ったほどです。

15歳からこの道ひとすじ

中原さんが師匠のもとに弟子入りしたのは15歳のとき。ものづくりが好きという気持ちを胸に、わくわくしながら門をたたいたのですが、実際に始めてみると厳しい現実に何度も逃げ出したくなったことがあったそうです。

すぐに木を彫ることができるわけではなく、最初はひたすら下準備のみをこなします。師匠が彫るための木材を、のこぎりで切り、かんなで削るだけの毎日。しかも修行は朝8時から夜9時まで、休みは1か月で2日しかなかったのだとか。

そんな日々の中で、将来彫師として独立して食べて行けるのかと不安を抱きながらも「それでも好きだったから続けた」と語る中原さん。晴れて「彫る」ことができるようになったのは、弟子入りから5年後のことでした。

使う彫刻刀の数は約100本だそうで、一部を見せていただきました。木槌もかなり年期が入っていて、中原さんの長い職人人生を相棒として伴走していることを物語っています。

時は昭和30年ごろ。当時はまだ浮立面ではなく、和菓子の木型をメインにつくっていたそうです。伝統芸能として佐賀県で暮らしていると見る機会がある浮立面ですが、当時はまだお祭りを盛んに行うほどの余裕が人々になく、あまり知られた存在でもなかったのだとか。とはいえ、和菓子の木型や和室の欄間(らんま)を彫ることは彫刻の腕を磨くよい実践の場になったそうです。

そして昭和40年を過ぎたころ、日本は豊かな時代に。面浮立に使用するお面の注文が相次ぐようになります。浮立面作家として独立したのもちょうどその頃でした。

 

木材選びから完成までは5年ががり

私たちは彫師の仕事は木を彫ることと思いがちですが、じつは材料の調達にも熟練の目を光らせ、吟味してよいものを選ぶことがとても重要なのだそうです。

市場に出向き、伐採された丸太を購入するところから中原さんの仕事は始まります。木材の状態が作品の出来を大きく左右するため、ここで妥協することは絶対にできないのだそう。

木目の美しさや艶は実際に切ってみないとわからないものですが、中原さんは切り目を観れば中の状態が想像できるとのこと。材料選び1つにとっても長い経験がものをいう世界です。

そうやって手に入れた大きな丸太を持ち帰り、なんとその後約3年間、雨ざらし日さらしにします。さらに、製材してからも2年置いておくという驚きの事実もありました。丸太は伐採後、中に含まれた水分がなくなっていく際に収縮するので、すぐに彫刻用の木材にはできないことが理由です。

つまり、中原さんが今彫っている木は、5年前に中原さんに選ばれ、お面などの工芸品になるという運命を背負いこの工房にやってきたものというわけです。今も5年後を見据えて木材を毎年調達しているそう。木彫りの工芸品は、材料ひとつにしても今日明日でできるものではないのです。

 

浮立面は完全受注生産

並んでいる兜は5月人形として注文を受けています。子どもの名前も刻印してくれるそう。それほど大きくなく、現代の住宅事情にもマッチしています。

中原さんがつくる浮立面を実際に触らせていただきました。貴重な作品なので、恐る恐る手にしたお面は見た目の重厚感からは想像できないほど軽く、ちょっとの衝撃で壊れることはないほど丈夫。被って踊るお面としての機能も優秀なことがよくわかりました。

面浮立を踊る際に装着するものは塗料が塗られることがほとんどだそうですが、飾りとして人気があるのは白木のタイプ。木目の美しさも味わいのひとつであり、ここでも木材の状態の良さが出来上がりの見た目を左右します。

木目の違いによって印象が変わります。比較するとその違いは歴然です。

面浮立の行事のための注文のほかに、この地域ではゴルフコンペのトロフィーとしての注文も毎年多数入るそう。菓子型や兜の注文も受けられており、「これで食べて行けるのだろうか」と思い悩んでいたという10代の中原さんが知ったら、とても喜ぶであろう忙しさです。

 

80歳を前に、新たな作品づくりにも挑戦中

中原さんはそんな多忙な中にもかかわらず、新たな挑戦も始めていました。私たちが工房を訪れたときもつくっていた、こちらのネコのオブジェです。

近所のネコやさまざまなネコの表情が載った動物図鑑を前に、ひと彫りずつ丁寧に彫刻刀を動かします。
勇ましい浮面立や兜をつくる熟練のつくり手と同じ人がつくったとは思えないほど、小さくかわいらしいネコたちです。

これらは東京で開かれる展示会に出展するために考案しつくり始めたもの。ちょっとシュールな表情がおもしろく、お面や兜は敷居が高いと感じる人たちにも喜ばれています。

ひと彫りひと彫りに魂を込めるようにつくり出された浮立面のすごみの強さも魅力ですが、中原さんのやさしいお人柄が現れたような、コロンとしたこのネコにも不思議な力が宿っているようです。

「これはまだ未完成。ネコちゃんは面より彫るのが難しか」と笑いながらこっそり教えてくれました。(中原さんは作品1匹ずつの頭をなでながら、愛情をこめて「ネコちゃん」と呼んでいました)

 

5年後にさらによい作品をつくるために

「年を取るにつれてこだわりが強くなっているように感じます。もっといいものをつくりたいというこだわりです。そのためにはいい材料を手に入れなくてはならないですね」

そう話す中原さん。いいものをつくるためにいい材料を。それは、5年後の未来を見据えたお言葉です。

「企業に勤める会社員だったら、もう定年退職するお年かと思いますが・・・」と、失礼ながら伺ったところ、「体が続くまで彫り続けたい」ときっぱり。
「仕事をしよったらおもしろい。気持ちに張りが出ます」と話すその目は、「好き」という気持ちを胸にこの世界に入った15歳の少年のきらきらした瞳でした。

作品やお仕事について語るときの真剣なまなざしから一転、雑談をするときはとても柔らかい表情に。すぐ近くに住むお孫さんにとってはやさしいおじいちゃんだそうです。

最近はイベントなどでお面を彫る様子を実演する機会も増えています。彫師の実演と言うと、貫禄たっぷりに一心不乱に彫りを進める様子をイメージしてしまいますが、中原さんはそうではありません。

「自分が経験してきたことを、若い人たちに伝えたい」と、この日私たちに話をしてくれたように、それまでの自分の歩みや木彫りの魅力についてお話をされながら実演します。

柔らかい物腰で、ゆっくりと彫りながらお話をする姿に、長い時間足を止めて見入り、聞き入る来場者もとても多いそうです。

60年以上もの間、木と向き合い、丁寧に彫り続けてきた中原さんのお言葉からは、好きなことを仕事にする幸せや、1つのことを極める尊さ、伝統を後世につなぐことの意味など、たくさんのことを学ぶことができました。

帰りがけ、工房の外まで見送ってくれながら「息子が後を継いでくれることになっているんだよ」と嬉しそうに教えてくれました。現在は一般企業に勤めている息子さんが、後継者として名乗りをあげてくれたそうです。

後継者の育成という大切なミッションも加わり、ますます多忙になる中原さん。お体を大切に、これからもたくさんの作品を生み出してください!

 


問い合わせ先

中原恵峰公房

〒849-1311 佐賀県鹿島市大字高津原3480-4
TEL:0954-62-0872