この土地のよい土をよい器にする好循環を ~鳥巣窯 岸田匡啓さん~

鳥巣窯(とりすがま)は、佐賀県唐津市内の東部に位置する浜玉町の山の上にある窯元です。
ときおり海が見える山道を10分ほど登ると、「鳥巣地区」と呼ばれる集落にたどり着きます。地域の集会場の駐車場に車を停めて、工房にお邪魔しました。

標高600メートル。気温がふもとより5度低いと言われるその土地は、標高1600メートルの位置にあります。気持ちがシャキっとする冷たく澄んだ空気の中に、鳥巣窯はひっそりと佇んでいました。

出迎えてくれたのは、この窯の主である岸田匡啓さん。窯に併設されたご自宅では、数か月前に生まれた娘さんがお昼寝中とのことでした。

岸田さんの器でお茶とお菓子いただきながら、じっくりとお話を伺いました。

師匠の作品と人柄に魅せられて夫婦で移住

岸田さんは、奥様とこの土地に移住してきたIターン作家さんです。ご出身は静岡県とのこと。東京で働いていた岸田さんが唐津にやってきた理由がまず気になるところでした。

「もともと焼き物を見るのが好きで、旅行で訪れた際に唐津焼の窯元さんを訪ねたりして、つながりができていたのが大きいですね。日本各地にさまざまな焼き物がありますが、唐津焼は自分の理想とする器づくりに一番近かったということもあります。でも、なによりの決め手はのちに師匠となる川上さんの作品に魅せられたことです。」

岸田さんの人生を変えるほどの器をつくる「川上さん」とは、川上清美陶房の川上清美さん。芸術性の高い器をつくり、全国にファンがいる人気陶芸家です。

「作家名を出さずに器を展示するギャラリーでいいなと思った器が川上さんの作品ばかりだったんです」と、岸田さんの感性を大きく揺さぶるほどの作品を数多くつくられています。

お茶を運んでくれた奥様も「主人が唐津で独立しようと決心したのは川上さんの魅力によるところが本当に大きいんですよ」おっしゃるほどでした。

「作品はもちろんのこと、人柄もすばらしくて。尊敬してやまない自慢の師匠です」とのこと。岸田さんは、師匠の元での修業期間中に、唐津焼きの素材としての唐津の土の魅力から、自分の身を置く土地としての良さまで実感されたようです。

陶芸は、過去と未来の自分を1つにつなぐ存在

とはいえ、どんなに器が好きだとはいえ、陶芸家としてやっていこうと決心することにはつながらないはず。岸田さんが陶芸家を目指した理由も気になるところです。

大学では美術史を学び、戦後のアメリカ美術を専攻していた岸田さん。建築とアートの境界に強い興味を抱かれていました。その後も大学職員として働きながら、当初は建築の道に進むべく勉強をしていたそうです。しかし、さまざまな部門を経て、それぞれの担当者がかかわりながら1つの大きなものをつくる建築よりも、「自分でゼロから完成まで携わり、材料とつくるもののよい循環を生み出すこと」が本当にやりたいことだと感じるようになり、建築ではないなにかを探していたタイミングで出会ったのが陶芸でした。

「たまたま訪れた栃木県の益子で、益子焼の陶芸体験をしたときに、これが自分のやりたいことかもしれないと感じたんです。これなら一生やっていけるに違いないという確信もありました」

それまで学んでいたことと、これから追い求めていきたいことが1つにつながった瞬間だったそうです。

スコップをかついで山から山へ

岸田さんは器をつくるための材料である粘土のために、まず土を調達することから自分で行います。スコップをかつぎ、大きな袋を持って、よい土がありそうなところへはどこまでも出かけます。工房には100種類以上の土が置かれていました。唐津の土を中心に使い、自宅の裏山の土を使うこともあれば、遠くは伊万里、有田、波佐見まで土を採りに行くこともあるそうです。器によい土が豊富なこともこの地域に移り住んだ理由のひとつでもあるのだとか。

壁一面に積まれた、土、土、土…!

そして、採ってきた土を粘土に精製することも自分で行います。そうやって完成した粘土は、地域や素材のまじりあい具合から少しずつ異なる特性を持ち、それを最大限活かした器へと形づくられていきます。

取材中、何度となく岸田さんが言葉にしていたのは「よい循環」。自然の一部である土を、一番よい形の作品に、自らの手でつくること。これが岸田さんにとって理想的な創作活動の姿なのです。

粘土だけでなく、釉薬も手づくりしているとのこと。近所の農家からもち米をつくった際に出来る藁もらって藁灰を作っている

いただいたお菓子を乗せていたお皿も「そのあたりの土からできているんですよ」と教えてくれた岸田さん。驚く私たちに「器は、本来そういうものですから」と笑顔で教えてくれました。ひょうひょうと話すその様子からは、土を採りに行くことからご自身で行う創作活動が、岸田さんにとってはあたりまえのことなのだと伝わってきました。

理想的な土地‘鳥巣’に出会う。

師匠である川上さんの陶芸に魅せられ、唐津で修業をするうちに唐津焼の魅力に目覚めた岸田さんは、早い段階から唐津で独り立ちしたいと決心するようになりました。

唐津市は佐賀県の中でも大きな都市ですが、この鳥巣地区は人里離れた山の上。成長した娘さんが通うはずだった小学校の分校も数年前に閉校になってしまったそうです。もっと便利な場所に工房をかまえることもできたはずなのに、なぜここを選んだのでしょうか。

そのお答えは「ここにイメージしていた通りの登り窯とそれを取り巻く環境があったからです。」とのこと。

イノシシやアナグマがひょっこりと顔を出すほど自然豊かな環境の中、登り窯は山の斜面に沿うようにつくられています。

静かな雰囲気の集落の中にある敷地、木々に囲まれた敷地にある一軒家、そしてイメージしていたサイズと傾斜の登り窯、そのような理想的な環境に惹かれ、ここで独立する決心をしたそうです。

大きな登り窯ですが、それでも比較的小ぶりなほうだとか。

とりすまつりは地域を巻き込んだ一大イベントに

今年、第一子となる娘さんが誕生した岸田さんファミリー。その人柄もあるのでしょう。すでにこの集落の一員としてご近所づきあいもとても良好なようです。私たちが車を停めさせてもらった消防団にも岸田さんは団員として所属しています。

唐津観光協会が毎年秋に開催している「窯元ツーリズム」時には、鳥巣窯は「とりすまつり」といって集落全体をまきこんだイベントを開催しています。今年のとりすまつりは第4回。年々規模が大きくなり、鳥巣窯だけでなく集落の集会場も会場に。おもちつきを行ったり、この地域の農産物を販売するマルシェや郷土料理のビュッフェのほか、岸田さんの器に鳥巣産の多肉植物を寄せ植えするワークショップを開催するなど、とにかく楽しそうな内容でした。

鳥巣地区で栽培されている多肉植物と岸田さんの器のコラボレーション。とりすまつりでは寄せ植えワークショップが開催されます。

最初は窯元ツーリズムに参加するので、出来れば鳥巣の山里の良さがわかることをしたいと、ご近所さんに話したところ、「餅つきでも、みんなでしようか!」と提案してくれて、だんだん手伝ってくれる方が増えていきました。今年は地域のみなさん総出のイベントになりそうとのこと。

とりすまつりは、1年の中でこの地域に最も多くの人が訪れる一大イベントになりつつあります。

底の痕跡も唐津焼の魅力

岸田さんにとって唐津焼の魅力はどこにあるのかも伺いました。

「古唐津」と呼ばれる桃山時代の唐津焼には、伝統と品格がありつつも、飾りすぎない魅力があるとのこと。肩の力を抜いて使える器や花器が、唐津焼には多いそうです。

そして、器の底部分にも魅力がたっぷりあるのだとか。
器の底には焼いた後に削り取った部分があり、素材の砂気によってその部分の削り味が違うのです。粘土の「ちりめんじわ」も底の部分にあり、どんな土を使って、それをどう精製してつくられたのかがわかる痕跡が現れます。

土から器づくりをする岸田さんらしい、ややマニアックな観点ではありますが(笑)、人の手でつくられたことが一番よくわかる箇所なのだそうです。

見る人の心に響く器をつくりたい

岸田さんがものづくりをする上で大切にしていることは、作品を目の前にしたときの心の響きです。

「美術館やギャラリーでは、見た瞬間に心がシンとする作品に時折出会えます。僕にとっては川上さんがそう。「古唐津(桃山時代の唐津焼)」をはじめとする桃山時代の名品にもそれを感じるし、そんな感覚を与える器を作りたい。どんな器をつくったらそうなるのかは自分でもまだわからないのですが・・・。いつもそのことを考えて、土に向かっています」

山の上に工房を構え、ストイックに素材から吟味してものづくりを行う陶芸家というと、なんだか近寄りがたいイメージを抱きがちですが、岸田さんはおだやかな物腰でどんな質問にも丁寧に答えてくれる、笑顔の素敵な若い作家さんです。かわいくて仕方がないという娘さんの子育てに奮闘するイクメン新米パパでもあります。

とりすまつり開催中でなくても、鳥巣窯は来訪者歓迎ですのでぜひ訪れてみてください。普段はおもちつきはありませんが、素敵な笑顔の岸田さんご夫妻がお迎えしてくださいます。あたたかい気持ちになることをお約束します!


問い合わせ先

鳥巣窯

〒849-5113 佐賀県唐津市浜玉町鳥巣880-1
website:https://masahiro-kishida.jp
e-mail:monodialogo@gmail.com
TEL:0955-58-2111