暮らしながらつくる、普段使いの黒と茜 ~由起子窯 土屋由起子さん~

インスタグラムで「#由起子窯」と入れると、素敵な黒い唐津焼がずらりと出てきます。由起子窯の土屋由起子さんはインスタグラムに頻繁にポストするような比較的若いユーザーからも人気のある作家さんです。山とみかん畑に囲まれた、自然豊かな環境にある工房にお邪魔しました。

 

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由起子窯は、唐津市街から離れた緑豊かな山間にあります。木が生い茂り、夏場は緑のトンネルになるという坂道を登っていくと、工房から笑顔で出てきてくれた女性が。彼女が今回ご紹介する土屋由起子さんです。

思わずこちらもにこにこ顔になってしまうほどのやわらかな雰囲気は、かっこいい黒唐津を作る作家さんだとは思えないほどでした。由起子さんがかもしだす雰囲気からは「かわいらしい」という形容詞がマッチするような気がするからです。ところが由起子さんは「かわいいは苦手だからつくれないのよ」とのこと。そんな時の表情もやっぱりかわいい由起子さんなのです。

この道を選んだのは故郷に唐津焼があったから

まずは由起子さんが唐津焼の作家さんになったいきさつからご紹介しましょう。

4人姉妹の3女として佐賀県唐津で生まれた由起子さんは、小さなころから唐津焼に親しんで育ったそうです。お父さまやおじいさまが骨董好きだったこともあり、自宅には古唐津の焼き物が多数あったとか。

「小さなころから唐津焼で食事をしていましたし、仏様のお供えも唐津焼で。視界の中には常に唐津焼がある家でした」とその環境を懐かしそうに語ります。

工房には電気窯が3台。窓の向こうは緑豊かな山の風景です。

ものづくりを仕事にしたいと造形を学ぶために短大に進学。卒業後、由起子さんが選んだのは、郷土の伝統工芸である陶芸だったそうです。

「織物や染色に興味もあったから、生まれ故郷がその産地だったら布に関わっていたかもしれません。でも私が生まれ育った唐津には唐津焼がありましたから、迷うことはありませんでした」

その決意を聞いて喜んだお父様をはじめ家族全員に応援され、卒業後すぐに陶芸家として独立した由起子さん。学校に通ったり、窯元に弟子入りしたりといったプロセスは経ずに陶芸家としての活動をスタートしました。お父様に「早く独立したほうがいい」とアドバイスされたからです。

薬剤師だったお父様からは、「薬の研究は成果が出るまでにかなり時間がかかる。少しでも早く一人前になってよい器をつくれるようになるべきだ」とアドバイスされたそう。焼き物をこよなく愛するお父様にとっては、陶芸家として成功することは新薬の開発と同等の歳月がかかるほど大変なこと見込んでのことだったようです。

由起子さんの器でいただいたお茶とお菓子。小皿の上にのっているのは唐津の銘菓「松原おこし」です。

できないことを認め、学びなおした時期も

しかし、そのプロセスを選んだことによって、由起子さんは苦悩する日がやってきます。「でもやっぱりうまくいかなかったんです。だから尊敬する隆太窯に見学に行かせてもらうようになって、そうこうするうちに窯の仕事を手伝いながら勉強させてもらえるチャンスをいただきました」

隆太窯に弟子入りするには住み込みで3年間みっちり修業をするのが通常コース。由起子さんはかなり特例だったようですが、「ほかにそういう人がいたかは知らないんです。あまり周りと自分を比べることがなくて…」とにっこり笑います。そんな中、「今となっては、なにもわかっていないと若いころに気づけてよかった」と話してくれた瞬間、ふと真剣な眼差しに切り替わったことが印象的でした。

スポ根さながらの筋トレも必要だった

粘土をこねる過程も見せてくださいました。全身を使って固い粘土を柔らかくします。確かにこれは、筋肉が必要!

ちなみに、隆太窯に通う前の由起子さんが陶芸家として一人前になるために行っていたことの1つは「筋トレ」だそうです。

「始めた当初は粘土が重くてかかえられなかったんです。粘土をこねるのもかなりの筋力が必要でした。これでは続かないと危機感を持って、筋肉をつけることにしたんです」と笑いながら教えてくれました。ちょっとおもしろいエピソードではありますが、ご本人はいたって真剣。日中の制作が終わったら、まずは犬を連れて近所の田んぼのまわりを5周し、その後脚に重りをつけて浜を走るというのがお決まりのコースだったそう!

「数日休むとここの筋肉が衰えて細くなっちゃうのよ」と由起子さん。陶芸家専用の筋肉がしっかりついているようです。

スポ根漫画のようなそんなトレーニングを経て、今では粘土を運ぶのもお手のもの。粘土こねもとても美しく手早いのが印象的でした。

由起子窯といえば、の黒唐津と茜唐津

由起子さんのことをご存知の方は、「由起子窯といえば黒唐津」と連想する方が多いかと思います。

取材前日に窯から出したという黒唐津の湯のみ。同じ釉薬を使い、同じ窯で焼いても色合いはこんなに違います。また使っていくうちに微妙に色が変化するのも特徴だそうです。

黒唐津は、由起子さんが3年かけてつくりだした釉薬によるもの。どっしりとした黒の質感の中に、宝石のようなきらめきも混じる、奥行きのある器です。

由起子さんご自身も「黒は魅力的ですよ」とうっとりと語るほど。洋食でも和食でも、上にのせる料理がぐんと引き立つ、幅広い世代を魅了してやまない人気のシリーズです。

こちらは茜唐津。由起子さんオリジナルの色合いです。

また、茜唐津も由起子さんの代表作です。こちらは女性らしい暖色系のカラーリングが特徴のシリーズで、静かな佇まいの中にも主張しすぎない華が宿っています。

黒唐津が由起子さんの芯の強さを表わしているとしたら、茜唐津には女性らしさやたおやかさが現れているよう。人々を魅了してやまないそんな焼き物は、そんな由起子さんがつくっているからに違いないと、お会いしてみてそう感じました。

ごはんをおいしくする普段使いの焼き物を

由起子さんが焼き物作家になった理由のもう1つは、焼き物が「使えるもの」だから。由起子窯の作品は、飾って鑑賞するものではなく「使う」にこだわります。そんな由起子さんが現在注力している焼き物の1つに、土鍋があります。

つくりはじめたきっかけは「土鍋で炊いたごはんが食べたくて」と、いたってシンプル。佐賀大学が主催した「ひと・ものづくり唐津プロジェクト」に参加し、唐津焼で土鍋をつくるノウハウを研究・開発。唐津焼は本来直火に耐えることができないため、材料である土に別の素材を混ぜて土鍋用の粘土をつくりあげたそうです。

「私の元気のもとはこの土鍋で炊いたごはん」と断言するほどの出来ばえで、ほかのどんな道具で炊くよりもごはんがおいしく炊けるとのこと。なお、この土鍋で炊くようになってから、ご飯がおいしいのでちょっと体重が気になってきた・・・というエピソード付きの、魅惑の土鍋でもあります。

恋も唐津焼が運んでくれた

小学5年生の女の子を育てるお母さんでもある由起子さん。ご主人は東京・銀座で割烹料理店を営む板前さんです。出会いは修行をしていた隆太窯で。お茶事の際、料理をつくりに来ていたのがご主人だったそうです。

「主人がつくったじゅんさいのお椀をいただいたとき、こんなにおいしいものがこの世にあるんだと驚いたんです。本当においしかったなぁ」
そう話したときの由起子さんは、恋する乙女の顔でした。

自称・くいしんぼうの由起子さんの心はぎゅっとつかまれ、その後ご結婚。出産後しばらくは作陶から離れ東京で家族3人で過ごしていましたが、2011年に由起子さんはお嬢さんと唐津に戻り、再び作陶に専念する生活を送っています。

「先日東京に出向いたときは、娘の希望で原宿に行ってきたんですよ」とやさしいお母さんの顔でお話してくれました。

由起子さんの器への姿勢は「主役の料理を引き立てるもの」ということ。あくまで料理がおいしそうに見えるようにと、バランスを大切にして作られています。

絵付けは生後数か月の赤ちゃんからウエルカム

由起子さんが今後力を入れたいことに、赤ちゃんの絵付け体験があるそうです。

実は、由起子窯で絵付けをした最年少は生後5か月の赤ちゃん!さすがに早すぎるのではと思うかもしれませんが、由起子さんいわく「ベストな時期」とのことなのです。

「首がすわってものがつかめるようになれば、筆が持てます。その筆を思うままに動かせば絵になりますよね。なにも考えないで描いた絵ほどすばらしいものはありません。だから、子どもにはなるべくはやく絵を描かせてあげたい。器ならそのあと使ってもらえるからさらにいいと思うんです」と、力説してくれました。

その一瞬しかできえない絵はご両親にとってもかけがえのない作品です。小さな我が子に筆を持たせ、絵を描く時間は幸せにあふれているそう。「覚えていないでしょうけれど、大人になったときにそんな体験をさせてもらえてよかったな」と思ってもらえるはずと太鼓判を押します。

これからもこの土地で器づくりを

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天気がいい日はここでお茶や食事をすることもあるので、テーブルは常に野外に1つ置いてあります。

工房は自宅を兼ねているので、娘さんのキッズチェアやピアノが置かれていたりと由起子さんの暮らしぶりが垣間見える素敵な空間でもありました。毎日料理をするキッチンには普段使いしやすい由起子さんの器が並んでいます。さんさんと光が差し込み、窓の向こうはみかん畑。そんな環境で静かに暮らしながら、由起子さんは今日もこの土地でろくろをひいています。

あと数年でご主人が銀座のお店を閉める予定で、夢だった唐津での3人暮らしが現実のものになるそうです。工房の隣に家を建て、由起子さんの器をつかった食事会や、ご主人のお料理教室などを企画しているとのこと。これは楽しみですね!

毎晩すぐ近くの温泉に通っているそうで、この籠はお風呂用のバッグでもあるそうです。名前付きなのはそれが理由。

取材後、隣の畑でみかんを収穫させてくださり、甘くておいしいみかんをおみやげに友達の家から帰るような気分で由起子窯をあとにしました。購入したお皿を見るたびに楽しかった時間がよみがえり幸せな気持ちになります。


問い合わせ先

由起子窯
〒849-5123 佐賀県唐津市浜玉町東山田800・1
TEL:0955-56-8701