献上品と量産品の間に新たな価値感を ~虎仙窯 川副 隆彦さん~

「秘窯の里」として知られる、佐賀県伊万里市の大川内山(おおかわちやま)地区。かつては鍋島藩の御用窯が置かれ、高度な技術を外部に流出させないよう陶工たちが集められたという歴史を持つ集落です。ここでつくられていた鍋島焼は将軍への献上品や諸大名への贈答品とされ、高い評価を得ていました。

御用窯として華やかな鍋島焼がつくられていたのは300年以上も昔のことではありますが、大川内山は現在でも約30軒の窯元が並ぶうつわの街。当時の面影を残す石畳の坂道には窯元やうつわ屋が軒を連ね、ゆっくり散策したいと思わせるとても素敵な街並みでした。

大川内山の町並み。後ろにそびえる山々は水墨画のよう。日本にもこんな景色があったのかと思わせる絶景です。

今回伺った虎仙窯は、その大川内山で鍋島焼をつくる窯元の1つ。跡取りとして家業を継ぐ川副隆彦さんにお話を伺いました。

「興味なし」から一転、鍋島焼の魅力にどっぷり

20歳で作陶の世界に入った川副さんは、現在36歳。この道うん十年という熟練の陶芸家が多いことを考えるとかなり若手です。虎仙窯はおじい様の代からで、隆彦さんは3代目。陶芸一家のご長男です。

「最初、うつわづくりはそんなに興味がなくて、せっかく入った窯業大学校も中退してしまったほどだったんですけどね」と、若い頃のエピソードも隠すことなく教えてくれた川副さんですが、今はうつわの世界にどっぷりとハマり、寝ても覚めても鍋島焼のことを考えてしまうほどのよう。うつわから離れたプライベートのお話を伺っても、結局うつわの話でもちきりになってしまうほどでした。それほどまでに川副さんを魅了する鍋島焼とはどんなものなのでしょうか。

献上品から美術品へ変化をとげた鍋島焼

将軍への献上品。鍋島焼の格調高さはその用途からも伺い知ることができますが、現在作られているのは、当然ながら将軍や大名のためのものではなく、一般家庭向けのうつわがほとんどです。

とはいえ、職人が手作業で1枚ずつ仕上げる高級品であることには変わりません。現在作られている鍋島焼は、4色の絵付けが施された「色鍋島」、青色だけで絵付けされた「鍋島染付」、そして青磁の釉薬をかけて焼く「青磁」の3種類が主流。

虎仙窯でつくるうつわは、青磁がメインです。ショールームにはきれいな青色のうつわがずらりと並んでいました。

虎仙窯の青磁の原料は大川内山で採れる天然の石。この地域の窯元だけが使うことができる貴重なものです。

虎仙窯の青磁のうつわは、気温や湿度によって微妙に仕上がりが変わるなど、決してラクにつくれるものではないのだそう。川副さんのおじい様が10年かけて、失敗を繰り返しながらつくりだしたそうです。今でもこのきれいな青色を出すためには熟練の技が必要です。

ショール―ムに飾られたおじいさまの青磁への思い。
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釉薬としてうつわ全体にかけるだけでなく、川副さんは顔料として絵付けをすることもあるのだそう。淡い水色の葉っぱが青磁による色です。

川副さんは一級技能士と伝統工芸士の資格を持ち、若くして絵付けの技術に定評がある職人さんです。川副さんがつくる繊細で優美な絵皿は美術品として評価が高く、使うのではなく飾るお皿としてジャンル分けされることが多いようです。

目指すのは「鍋島焼文化の確立」

鍋島焼はその格の高さにより、この大川内山以外ではお店で手に取って見ることはあまりできません。「鍋島焼が見たいなら美術館へ」というのがセオリーになっていることを川副さんは変えたいと考えています。

鍋島焼のクオリティは残しつつも、一般的に流通できる価格帯のうつわがあってもいいのではないか。そのために今、川副さんが三度のご飯よりも大好きなうつわづくりの手を止めてまで取り組んでいる新プロジェクトがあります。

虎仙窯には「こせんカフェ」を併設。おいしいケーキとコーヒーがいただける憩いのスポットになっています。

虎仙窯は昨年、佐賀県がバックアップする「さが土産品開発支援推進事業」に選ばれ、日本各地の工芸メーカーを再生させてきたことで知られる中川政七商店のコンサルティングを受けています。取材に訪れたころは、1年かけて行ってきたこのプロジェクトの集大成として、新しいブランドを構築している段階でした。

川副さんたち虎仙窯がつくる新ブランドのテーマは「美術的商工藝品」。
高級な美術品と量産のリーズナブルなうつわの中間に位置する、美術品としての魅力と日常使いのしやすさを兼ね揃えたシリーズです。中心に「商」というワードが付いていることがポイントで、美術的な工藝品でありつつも、鍋島焼を多くの人に身近に感じてもらえるうつわ文化を確立したいと考えているそうです。

鍋島の伝統的な思いや考え方、技術を継承していく為に「鍋島の技術を美術的な要素を残した日用品を作る」。そんな思いから「大名の日用品」という商品コンセプトが生まれ、商品開発をするようになりました。

15年後の自分がものづくりに没頭できるように

今、川副さんの頭の中は新ブランドのことでいっぱいです。新ブランドを立ち上げるにあたり、会社の経営も根本から見直し中で、帳簿にも向き合う毎日です。いきいきとお話をしてくれるその様子から、そういったマネジメントのお仕事もお好きなのだろうなと感じさせるほどですが、ご本人は全否定でした。

「経営は好きでも何でもないですよ。本当はものづくりをしたいんです。でもそれは会社あってのこと。50歳になったときに、大好きなうつわに思いっきり向き合えるように、今は会社を、そしてこの大川内山を元気にすることに力を注いでいきたい」とのお答えでした。

50歳というと14年後。そのころに会社の経営を安定させ、川副さんの絵付けの技術を存分に発揮するために、まずは5年後に美術的商工藝品を軌道に乗せたいと考えているのだそうです。

大川内山を「わざわざ訪れたい場所」に

鍋島焼の破片を貼り合わせたデザインの「鍋島藩窯橋」の上にある高さ1メートルを超える大きなモニュメントは、川副さんのおじい様が提供したもの。

川副さんが愛する鍋島焼の魅力は、この大川内山という土地あってのことだそうです。

「ここは、とてもきれいな場所です。山とおいしい食材、語り継がれるに値する歴史的背景も持ちあわせています。じいちゃんやひいじいちゃん達がつくりあげてきた鍋島焼という伝統工芸もあります」

 

再びこの道が観光客であふれる日を、川副さんは夢見ています。

訪れる人が少なくなっている大川内山が、わざわざ足を運びたいと思ってもらえる観光地になるように。「秘窯の里と言うくらいだから、大にぎわいとまではいかなくてもいいかもしれませんが」と遠慮しつつも、新ブランドが自らの会社の経営だけでなく地域全体を巻き込んだ大きな改革の起爆剤にしたいと意気込んでいます。

新しい価値観と工芸文化の創造を

川副さんの挑戦は、今までにない価値観をもたらし、鍋島焼に新たなジャンルをつくるというとても難しいこと。しかしその根底にある思いはただ一つ、とてもシンプルでした。それは「大好きな大川内山と鍋島焼をたくさんの人に知って欲しい」ということ。

「じいちゃんたちがつくった伝統も、ここで鍋島焼をつくる仲間たちも、うつわづくりもすべて好きだから、今ここで頑張らないと」と話す川副さんから伝わる「好き」という気持ちのパワーは、強くあたたかいものでした。どんな新ブランドができあがるのかが楽しみでなりません。


問い合わせ先

虎仙窯
〒848-0015 佐賀県伊万里市南波多町府招1555-17
TEL:0955-24-2137
website:http://www.imari-kosengama.com/