ブルーのうつわがもたらす、肥前吉田の未来の青空 ~副久製陶所 副島久洋さん~

春の空のような薄いブルーから、深く濃い群青色まで。5種類の鮮やかなブルーのグラデーションが美しい器「副久GOSU」で知られる副久製陶所を訪れました。

嬉野市は美肌の湯として知られる「嬉野温泉」や「嬉野茶」が有名で、観光地としても人気がある土地です。副久製陶所のすぐ裏にも段々畑があり、お茶の産地であることを物語っていました。

タイムスリップをしたかのような街並みの中にある副久製陶所は、昔ながらのレンガ造り。「スタイリッシュな副久GOSUをつくっているからには、きっとモダンな工房なのだろうな」という予想は大外れでした。中に1歩入ると、さらに情緒たっぷりの風景が広がっていました。

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中央のテーブルの上にある青い器が「GOSU」です。

3代目で挑戦するたくさんの「初めて」

お話をしてくださった副島久洋(そえじまひさひろ)さんは、この製陶所の3代目。お気づきかとは思いますが、「副久」は苗字と名前からきていて、おじい様、お母さま、息子さんも「久」で始まるお名前だそうです。伺うと、この地域の窯元にはそのパターンの名称が多いのだとか。

入口を入ってすぐのところに「久」の文字が。この板はやきものを乗せる「皿板」を再利用してつくったそうです。

副久GOSUが生まれたきっかけは、有田焼創業400年事業への参加でした。会社のブランディングから見直し、得意な技術を前面に出してこのシリーズを考えたそうです。外部のデザイナーさんを招くのは会社としては初の試みですし、ターゲットやコンセプト、WEBサイトづくりなどもすべて手探りから始まったそうです。

副久GOSUというネーミングは、古くから磁器の絵付けや染付けに使われている顔料である「呉須」からきています。はっとするほど鮮やかな青色は、数百年もの時を経て今も多くの人を魅了し続けています。

美しい青と伝統技術を残すために

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なぜ副久GOSUシリーズをつくるに至ったのでしょうか。

「正直なところ、日本の焼き物業界は、量産物や輸入物の食器におされて厳しい状況下にあるのはずいぶん昔からのことです。売れないからだんだんつくらなくなるけれど、そうするとこれまで培ってきた伝統技術がどんどんすたれていってしまう。それではいけないと思ったからです」(久洋さん)

副久GOSUには、青が美しい呉須の魅力と、副久製陶所が得意とする『濃み(だみ)』の技法を融合させることで、この地域のうつわの魅力を今までと違う方に知ってもらいたいという思いがこもっているのだとか。

久洋さんのそんな思いはしっかりと伝わり、東京など都市部での売り上げも好調だそう。また羽田空港の国際線ターミナルでも販売されていて、海外へ持って行く手土産としても多くの人に選ばれています。

「呉須(ごす)」と「濃み(だみ)」

「時代の流れもあり、今は絵付けされた器よりも形と色を楽しむ器のほうが人気があります。だからといって絵付けをしないと技術が廃れてしまう。うつわ前面に濃みを施すことで色皿のように仕上げて、ちょうど両立できるようにしました」と久洋さん。

多くのことは語らない久洋さんですが、副久GOSUについてもう少し詳しく伺うと伝統の技法を大切にする気持ちがとても強く伝わってきました。

「濃み」は「濃み筆」という専用の筆に呉須を含ませ、落ちる量を調節しながら呉須を器にのせていく技法を用いています。「塗る」でも「描く」でもなく、まさに一筆一筆丁寧に動かしていくのです。高度な技術が必要になりますし、すべて手作業のため、つくれる個数も限られています。

そんな工程を経てつけられた模様が、副久GOSUのやわらかな雰囲気を醸し出しています。澄んだ鮮やかな色合いの中に、人の手のぬくもりや優しい質感を感じることができます。

また、グラデーションをつけて複数販売することで、呉須の青色の魅力を有効にPRすることもできます。外部へのPRは、副久製陶所では今まで行ってこなかったジャンルでした。少しずつ深みが増す青色の魅力を伝えるにはグラデーションはもってこい。羽田空港での販売も好調と前述しましたが、その理由の1つに「副久GOSUは、日本の伝統技術について外国の方へ説明しやすいから」ということもあるそうです。

日常使いのうつわを自由につくる

見本のうつわがずらり。すべて副久製陶所でつくられているものなのだそう!「あ、これうちにある!」といううつわがあるかもしれません。

ところで、副久製陶所でつくるうつわは何焼きなのでしょうか。その疑問に久洋さんが「よく聞かれるんですよ」と苦笑しながら応えてくださいました。

「ここは有田焼の産地の1つです。有田焼創業400年事業に参加できたくらいですから。ですが土地は肥前吉田地区で、うちも肥前吉田焼にジャンル分けされると思います。有田焼は割烹などで使うハイクラスなうつわが多いのに対して、肥前吉田焼は一般家庭で使う日常使いのうつわが多いんです。だから、自由で個性豊か。私たちもつくりたいうつわを自由につくっています」

ちなみに、肥前吉田焼の代表作は、昔の湯呑みカップの象徴ともいえる藍色に白のドット模様のあの磁器です。有田焼や伊万里焼に比べるとその名前を聞くことはあまりないかもしれませんが、私たち日本人にとっては、とても親しみ深いやきものなのです。

毎週月曜日の朝は3人で朝礼

副久製陶所のメンバーは、久洋さんと奥様の美智子さん、そしてパートタイマーとして20年間毎日通ってきてくれているという副島喜代美さんの3名です。取材の間に和気あいあいと談笑する姿は、仲良し3人組という雰囲気です。

 

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そんな3人で、毎週月曜日の朝は朝礼を行い、声をそろえてこんな言葉を読み上げるそうです。

「私たちは、心の満足を与えられる商品づくりを行い、吉田を陶磁器の産地として後世に残す一助となるように手仕事が評価されるやきものづくりを行います」

これが副久製陶所の経営理念であり、3人がともに抱く目標でもあります。

「自分たちも楽しみながら、お客様にも満足していただけるやきものをつくりたい。そうやって頑張ることで、この地域の陶磁器産業を元気にできたらと思っています」と久洋さんがにこやかに語ってくださいました。

窯元を続けていくかはノープラン

この日は窯に火を入れた日でした。1時間ごとにグラフを描いて温度を管理しています。今使っている窯に変えてから通算798回目の窯焚きだそうです。

肥前吉田焼を後世に残したいという思いを強く持っているからには、副久製陶所の跡取りとなる4代目の存在が気になるところですね。ところが、「ノープラン」とのこと。

副島夫妻には25歳を筆頭に3人のお子さんがいらっしゃるそうですが、今のところ跡を継ぐという意思は示していないそうです。また、久洋さんも美智子さんも必ずしも継いで欲しいとも思っていないのだとか。

「地味な仕事ですし、跡を継いで欲しくても心から楽しめないと続かないと思うので、子どもたちには無理強いはしたくないですね。私たちが楽しんで作陶をできているのもうつわが好きだからこそなんです」と、跡継ぎに関しては柔軟に考えているようです。

美智子さんの足元。冷暖房設備のない工房では、冬は「ムートンブーツの中に足用のホッカイロ」がマストアイテムだそうです。

「まだまだ」「もっと」という気持ちも

そんな理由からかつては自分たちの代で窯を閉じようと考えもしたそうですが、副久GOSUの誕生で作陶がさらに楽しくなってきたこともあり、少しずつ「まだまだ」という気持ちも芽生えてきているのだとか。「新しい試みを開拓したら、もっともっとという前向きな気持ちになりました」と話す久洋さんの表情からはワクワクする気持ちが伝わってきました。

窯の近くにある神棚。良いうつわが焼けるように、窯焚きをしている間はろうそくの明かりを灯すそうです。

「今は子育てが終わって、自分たちがつくりたいうつわをつくれる充実した日々を送っています。副久GOSUをきっかけに東京などに展示会の出展などで出かけることや窯元仲間も増えて、楽しみも増えました。ほかの職人さんがつくるうつわを見ると素敵なものが多くて刺激になりますし、窯元の奥様たちと“女子会”で情報交換をしたりもしています(笑)」(美智子さん)

お話をうかがうと、ご夫婦おふたりともかなりの「うつわ好き」のよう。子どもたちに無理に跡を継がせることは考えていないけれど、窯を閉じるのはさみしいというのが本音なのかもしれません。

色あせない美しいブルーをこれからも

看板も皿板を再利用。訪れてくれる観光客が増えてきたため、迷わないようにと美智子さんが手書きしたそうです。

そんなうつわ好きなメンバーが仲良く和気あいあいと、愛情をたっぷり込めてうつわづくりをしている窯元が、副久製陶所です。みなさんが抱くうつわへの愛情を知ると、すべてのうつわがよりいっそう愛おしい存在に思えてきました。

副久GOSUの青色は「下絵」といって本焼きをする前の工程で顔料と釉薬を上から塗るため、その色合いが色あせることはないそうです。ずっと変わらない鮮やかなブルーがもたらすこの地の未来が、くっきりと晴れた青空のように明るい景色であることを願っています。


問い合わせ先

副久製陶所
〒843−0303 佐賀県嬉野市嬉野町大字吉田丁4099-1
TEL:0954-43-9606
website:http://soekyu.jp/