唐津5人ー唐津焼で楽しむくらしとかたち

4月11日(水)から17日(火)の間、
伊勢丹新宿店本館5階にて、唐津焼の作家5人によるグループ展が開催されます。
それぞれの作家の作風と提案するかたちをお楽しみください。

唐津5人ー唐津焼で楽しむくらしとかたち
日 時:4月11日(水)〜17日(火) 10:30〜20:00
会 場:伊勢丹新宿店本館5階
出店者:作礼窯 /岡本修一
鳥巣窯 /岸田匡啓
坊中窯 /田中孝太
土平窯 / 藤ノ木陽太郎
王天家窯/ 福田和祐

美しい景色を器に映す ~土平窯 藤ノ木陽太郎さん~

唐津市街から離れ、山道を登ること数十分。藤ノ木陽太郎さんが作陶を行う土平窯は人里を離れた静かな山の中腹にありました。こちらを訪れたのは12月。車の窓からは、たわわに実る露地みかんや柿が見え、青空とオレンジ色のコントラストがとてもきれいでした。

お茶室からの眺めはとてもきれい。四季折々の景色を楽しむことができるそうです。

敷地内に入ってまず驚いたのがその空間です。趣のある日本家屋が建ち並び、ギャラリーや工房、登り窯、お茶室などが点在しているほか、季節の草花やオブジェが。360度どこを見ても絵になるとはまさにこのことと言ってもいいかもしれません。

広大なお庭には焼き物のオブジェがたくさん点在しています。

感激しながらきょろきょろとしている私たちを出迎えてくれた陽太郎さんは、昭和56年生まれの36歳とお若く、こちらの緊張を解きほぐしてくれるやさしい雰囲気の持ち主でした。親しみを込めて「陽太郎さん」と呼ばせていただき、たくさんのお話を伺うことができました。

入口に咲く秋アジサイが満開でした。

窯とともに生まれ、唐津焼とともに育ってきた

まずは陽太郎さんのギャラリーへ。ステンドグラスのついた引き戸を開けると、木漏れ日がやわらかに差し込む部屋の中に作品がずらりと並んでいました。思わず「ここにいるのは心地いいだろうなぁ」と思ってしまうほど。並んでいる器がなぜかとても幸せそうに見えます。

東京の美大を卒業後に、生まれ育ったこの土地に帰り、お父様である藤ノ木土平氏に弟子入りしたのが約10年前のこと。以来、陽太郎さんは作陶一筋の生活を送ってきました。この道に進むことは、いつから決めていたことなのでしょうか。

「子どものころから、自分も陶芸をやるだろうなとはなんとなく思っていました。大学でさまざまな芸術に触れましたが、やっぱり僕が選んだのは唐津焼。絵を描くことや彫刻も好きですがしっくりしたのは陶芸でした。絵も彫りも唐津焼にはありますしね。僕にとっては作陶が結局自然なことでしたし、今では好きなことを仕事にしていると自信を持って言えます」

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敷地内にある登り窯。年数回の窯炊き時は親子の共同作業となります。

お父様がこの土地に窯を開いたのは昭和56年。陽太郎さんが生まれた年です。ずっと身近に大きな登り窯とお父様の作品があり、小さな頃から粘土遊び感覚で焼き物に触れて育った陽太郎さんにとっては、唐津焼はまさにルーツといえるでしょう。

子どものころから干支の焼き物を毎年つくり続けているという陽太郎さん、その作品はすべてご家族が保存しているそうです。

「お父さんの作品とは違うね」が今は誉め言葉

有名な窯元の二代目ともなると、偉大なお父様の存在がプレッシャーになりそうではありますが、本人はけろっと「そんなことはないですよ」と言います。

「でも、幼いころから見て育った焼き物は父の作品で、一番のお手本です。一緒につくっているとどうしても似てきてしまうから、父のものとは違う焼き物をつくることは常に意識していいます。お父さんの作品とはちょっと違うねと言ってもらえるのが、今の僕にとっては誉め言葉でもあるんです」

庭に置いてあったこちらはお父様の土平さんの作品です。

お父様の土平さんとは建物は違えど同じ土地に住み、昼食は毎日一緒に食べています。土平さんと陽太郎さんがつくった器が食卓に並ぶごはんだそうです。午前中に窯を訪れたお客様にもこの昼食をふるまうことがあるのだとか。

「おふたりの器でいただく昼食なんてファンにはたまらないですね」と言うと「器は売るほどたくさんありますから」と笑いながら答えてくれました。

師匠であるお父様は、今でも完成した作品を手に取り、アドバイスをくれるそう。それを真摯に受け止め、よりよい作品づくりに励む日々です。

土平さんにとっても、愛する息子が自分と同じ道を選び、ともに作陶をしてくれていることは幸せなことに違いないのだろうなと思います。土平窯に流れるやさしい空気は、そんな幸福感も理由のひとつなのかもしれません。

ギャラリーは陽太郎さんご夫妻が暮らすご自宅に併設されています。オブジェのむこうで愛犬が日向ぼっこをしていました。散歩は陽太郎さんの担当だそうです。

唐津焼に新しい風を吹かせたい

作品づくりでは、窯に必ず数個は新しいデザインのものを入れることを徹底しているそうです。

「まずはデザイン画をおこして、細かいところまで紙の上でかなり試行錯誤します。そうしてから粘土をねって形づくるというプロセスが僕のやりかた。一見普通に感じることかもしれませんが、唐津焼作家でデザイン画を描いている人はほとんどいないようですよ」と、裏話も聞かせてくれました。そういったところはさすが美大卒です。

楽器型花器シリーズの新作、バイオリンのやきものはとてもリアル!最後の仕上げに弦を張るそうです。

陽太郎さんにとって絵を描くことは幼少期からの日常。家のまわりにある草花や玄関先にやってくる動物をスケッチすることが好きな少年だったそうです。器だけでなく、動物や楽器の形で焼き物をつくることも多い陽太郎さんの作風は、こんな環境で育ったからこそなのかもしれません。

古唐津の写しにも独自の視点を

唐津焼の魅力の1つである古唐津の写しの制作にも力を入れています。ギャラリーの最も目立つ場所に並んでいた、一見ハート形のかわいらしい向付もその一例です。(正確にはハートではなく桃形向付だそうです)

これは唐津焼の全盛期にあたる桃山から江戸時代初めごろの形ですが、オリジナルはぐい飲みではないのだとか。そこに陽太郎さんのエッセンスが入り込み、ぐい飲みの大きさになって復刻されました。

「口当たりの良さや、目に映る景色にこだわりぬいた作品です。ぐい飲みは器の中でも格が高いものということもあり、窯の中でも特等席に置きます。最も美しくあるべき面に最高の景色が映るように工夫しています」と力説してくださいました。

器の景色にはとことんこだわる

お話の中で「景色」という言葉を何度も口にしていたのが印象的でした。焼き物は、窯の中で釉薬が流れたり、灰などと化学変化を起こしたりするため、窯から出してみてはじめて見た目=景色がわかります。

陽太郎さんが熱心に取り組んでいる茶道にも景色という言葉があるのだとか。陽太郎さんの作品には、手に取る人の目に映る景色が最高に美しいものでありますようにという想いが込められています。

毎朝10時にお茶をいただく日常が感性を育む

ギャラリーでのお話のあと「あちらでお茶でもいかがですか」とご提案いただき案内された先は、なんとお茶室でした。

恥ずかしながらこんなに本格的なお茶をいただくのは初めてで、正しい作法がわからず恐縮してしまったところ、陽太郎さんが「細かいことは気にしなくていいですよ」とやさしくフォローしてくれひと安心。とてもおいしいお茶とお茶菓子をいただきました。

お茶をたてる陽太郎さん。凛とした空気に、背筋がしゃんとしました。

土平窯のみなさんは、毎朝10時にお抹茶をたててお茶の時間を楽しんでいるそう。聴こえてくるのは鳥のさえずりや風の音。静かに心を落ち着かせながら、毎日こんな時間を持つことが陽太郎さんの創作意欲をかきたててくれています。

土平窯を訪れた方にはこちらでお茶をふるまうことが多いそうです。美しい器でいただくおいしいお茶は、格別の味わいですよ。(お作法は気にせずで大丈夫だそうです!)

絶景を生む陶芸家に

土平さんは現在の唐津焼作家の一人として知られ、全国各地で展示会を開催されています。その才能は息子である陽太郎さんが受け継いでいるに違いありませんし、誰よりも身近なところでその技術も継承しています。

そしてなによりも頼もしいのが、陽太郎さんが陶芸が大好きだということ。趣味は何ですかと尋ねたところ「器づくりが楽しいから、ほかにこれといった趣味はないんですよ」とのお答え。お休みの日は陽太郎さんがつくった器を使ってくれている料亭などに出向き、自分の器で出された料理を食べるのが至福の時間なのだそうです。

「好きこそものの上手なれ」ということわざがあるように、唐津焼を愛してやまない陽太郎さんなら、これからも景色のよい器をたくさんつくることでしょう。どんな絶景を生み出してくれるのか、今後の活躍に注目です。


問い合わせ先

土平窯
〒847-0402 佐賀県唐津市鎮西町野元1315-3
TEL:0955-82-2970
0955-82-3028

都会の暮らしにもマッチするスタイリッシュな唐津焼 ~白華窯 吉永サダムさん~

吉永サダムさんの工房「白華窯(はっかよう)」は佐賀県伊万里市内にあり、すぐ近くは有田町という立地です。そしてつくるのは有田焼や伊万里焼に多い磁器ではなく、陶器である唐津焼。ご本人は地域や焼き物の種類の名前にこだわらず、「吉永サダム」という自らの名前で活動をしています。

この窯でつくられる焼き物はスタイリッシュな印象のモノトーンを基調としながらも、土のぬくもりを感じるやさしい風合いが特長。「作家もの」として目の肥えた器好きな人たちからはもちろん、若い世代の器ビギナーからも人気があります。

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ジャズ音楽が流れる工房は、作品である焼き物のほかに古い日本家具やアンティークのストーブなどが並んでいます。

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外の景色は山と畑というのどかな環境の中にありながら、一歩入るとそれを忘れてしまいそうな空間に、サダムさんのセンスの良さがうかがえます。ここは古い日本家屋をリフォームして使っているそうで、もともとはサダムさんのおじいさんが趣味で栽培していたみかんの倉庫だったそうです。

サダムさんの作品の間に味のある置物が置かれていたりと、ぐるりとまわってみるだけでもしばらく楽しめます。

絵を描きたい想いが陶芸に導いた

そんなサダムさんが陶芸家として作陶する現在に至るまでには、「絵を描くことが好き」という一本の道を、少し寄り道しながらもそれずに歩いてきた経緯があります。

「陶芸家になりたいと思ったことは実はなかったんですけどね」と話すサダムさん。大学は経済学部で学びましたが、美術の先生になりたいと思うようになったとか。ご両親をはじめまわりに学校の先生が多いこともあり、20代はじめにはご自身もそんな未来を思い描いていたそうです。

しかしご両親は少子化の影響で教職の道は難しいのではないかと考えそれに反対。代わりに勧められたのが有田の窯業大学校でした。

「有田焼には絵付けもあるし、それなら大好きな絵を仕事にできると胸をはずませ入学したんです。でも、やっていくうちに人がつくった器に絵を描くのではなく、器から自分でつくりたいと思うようになって。それからは窯元に修行に出て技術をさらに身につけて、ここで独立して今に至ります」

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最初こそ、そういった理由で陶芸の道に足を踏み入れたサダムさんですが、「今はどっぷりはまっている」と断言。「もっともっと」という気持ちが年々強くなっているそうです。

今はまだ、夢の途中

サダムさんを魅了する陶芸。どんなところが魅力なのでしょうか。

「焼き物づくりは、過去の自分を客観的に見ることができるんです。当時は最高のできだと思った5年前の作品も、今見るともっとこうしたほうがいいという箇所がたいてい見つかる。それは自分への戒めとして未来に活かす糧になります。過去の作品を通して感じる自分の成長はやはり嬉しいものです」

ろくろ台の目の前に大きな鏡がある理由を伺うと「ナルシストだからじゃないですよ(笑)」と。 ここに鏡があることで、作品を遠目からチェックすることができるのだそうです。

ときには作品に見える過去の自分に恥ずかしさを覚えることもあるそうです。「昔はただただ恥ずかしいだけだったけれど、最近は『そんな過去の俺かわいいな』と思ったりもします」と笑います。

そして、キラキラとしたまなざしで「だから今もまだ、夢の途中にいます」と語ってくれました。美しいフォルムで、持ちやすく使いやすい器をつきつめたい。創作意欲は、どんどん高まっているそうです。

「すべて捨てる」を経て現在のスタイルに

白華窯という名前の由来は、白い化粧土を使った「粉引」をメインに作陶するから。窯の名前はその土地の住所をつけるケースが多いのですが、「中里」という土地名は唐津焼の名門一家の苗字でもありそれを付けるのは恐れ多かったという理由もあるそうです。

道のりが平坦ではなかった時期もありました。陶芸を初めて5年ほどたったころ、コンテナ数個分にも及ぶすべての作品を捨てたこともあったそうです。

「作風が似てるねとよく言われるほど、当時は師匠の作品をマネてつくっていただけだったと思うし、売らなくては、稼がなくてはと躍起になっていたんです。そんな中、東京や岐阜に武者修行と称して日本中の焼き物を見に行ってこれではダメだと痛感しました。つくりたいものが漠然としていたし、自己満足だったんですよね」

すべてを捨てたあとは、気持ちを新たに新生「吉永サダム」として再出発。つまり現在の作品はすべてそれ以降のものになります。

大きさをはかるための「トンボ」は1つ1つの器ごとにミリ単位で調整されています。

「今は、マンションに住んでいる都会の若い人たちでも使いやすい焼き物をつくっています。カフェで使うような食器を自宅でも楽しんでもらえたらいいなという気持ちもあるので、テイストやサイズ感はそんなコンセプトにしています」

そんな確固たるイメージのもと、“コーヒーカップは180㏄入るサイズに”など1㎜単位での微調整をしているほどなのだとか。そうやってつくられているからこそ、サダムさんの作品には見た目の素敵さに加えて、使いやすさが備わっています。

唐津のカフェ「caffe Luna」で使われているのはほとんどの器がサダムさんの作品で、コーヒーカップは「かわいい」と女子ウケも抜群なのだとか。ここでコーヒーを飲んで、その使い心地や見た目に惚れ込んでくれたお客さんもたくさんいるそうです。

caffe Lunaでも使われているコーヒーカップ。ぽってりとしたフォルムは手に優しくなじみ、コーヒーを飲んだときのほっとする気持ちをより高めてくれます。

存在感のある一輪挿しで花のある暮らしが叶う

また、器だけでなく花器も豊富につくっているのが「吉永サダム」の特徴のひとつでもありますが、これにも都会のマンション暮らしにマッチするサイズ感を意識しています。

「こっちの人は、庭にいくらでも花が咲いているから、さっと摘んで家中に花を飾るのが普通なんですけど、都会では花は買うものだったり贈られるものでしょ。花器はハードルが高いようですね。だから今は大きな花器より一輪挿しを多めにつくっています」

ほんの1本の花でも美しくいけることができる一輪挿しがあれば、花のある暮らしはぐっと身近になります。サダムさんの花器は、都会に暮らす若い人たちにそんなライフスタイルを提案する一助にもなっているようです。

人との出会いは、器をつくる醍醐味のひとつ

器づくりにおいてサダムさんが魅力に感じることはほかにもあり、それは「人との出会い」だそう。自分の器を好きになってくれる人とは、何かしら仲良くなれる理由があるはずと言います。

「だって、街で突然知らない人に話しかけたら変な人だと思われるでしょ(笑) 。でも器を通してなら、すぐに打ち解けられる。今までに何十人もの人とそうやって出会ってきました。器をつくる理由のひとつといっても過言ではありません」

器を通して出会ってきた人のお話をするときの表情は、楽しかったことを話す少年のよう。友達のことを心から大切にしていることがありありとわかります。陶芸関係の仲間のとても多いようで、ときには窯焚きの手伝いに夜通しででかけることもあるそう。

「唐津焼の作家さんはいい意味で、お互いにライバル意識を持っていないんですよね。自分が受けた注文で、ほかの作家さんがつくったほうがいいと思ったら紹介するし、逆に紹介されることもあります。大切な仲間です」

こちらの絵は仲間の一人が描いたものだそう。「病気を患い手がうまく動かない中、左手で描いてくれた大切な絵。彼の回復を心から願っています」と、お話してくださいました。

ごはんを一緒に食べたりテニスをしたりと、仲間とわいわい過ごすことも多いそう。でも、この工房でろくろをひくときは一人です。

「器をつくっているときはいつも”こいつをもっと魅力的にしてあげるにはどうしたらいいだろう”と考えながら、その作品とだけ1対1で向き合います。そういうメリハリは大切にしているほうですね」

普段はジャズミュージックやラジオを流すことが多いそうですが、ここぞという作品と向き合うときはクラシック派。お気に入りはバッハだそうです。

 誰でも、いつでも来て欲しい

出会いを喜びと考えるサダムさんですから、白華窯への来訪はいつでも大歓迎だそう。

「僕の作品になにかよいものを感じるならば、すでにシンパシーがあるということ。窯元に行くのはハードルが高いかもしれませんが、うちはそんなことないです」ときっぱり。

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ギャラリーはなく、工房のあちこちに作品が置かれています。その中から気に入ったものを探してもらうのだそう。宝探しのようですね。そして、人なつっこい笑顔でサダムさんが面白い話をたくさんしてくれることでしょう。

「お近くにお越しの際には、ぜひいらしてください」とおっしゃっています。気軽な気持ちで訪れてみてください。


問い合わせ先

白華窯
〒848-0034 佐賀県伊万里市二里町中里甲477-1
TEL:090-4988-5956

暮らしながらつくる、普段使いの黒と茜 ~由起子窯 土屋由起子さん~

インスタグラムで「#由起子窯」と入れると、素敵な黒い唐津焼がずらりと出てきます。由起子窯の土屋由起子さんはインスタグラムに頻繁にポストするような比較的若いユーザーからも人気のある作家さんです。山とみかん畑に囲まれた、自然豊かな環境にある工房にお邪魔しました。

 

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由起子窯は、唐津市街から離れた緑豊かな山間にあります。木が生い茂り、夏場は緑のトンネルになるという坂道を登っていくと、工房から笑顔で出てきてくれた女性が。彼女が今回ご紹介する土屋由起子さんです。

思わずこちらもにこにこ顔になってしまうほどのやわらかな雰囲気は、かっこいい黒唐津を作る作家さんだとは思えないほどでした。由起子さんがかもしだす雰囲気からは「かわいらしい」という形容詞がマッチするような気がするからです。ところが由起子さんは「かわいいは苦手だからつくれないのよ」とのこと。そんな時の表情もやっぱりかわいい由起子さんなのです。

この道を選んだのは故郷に唐津焼があったから

まずは由起子さんが唐津焼の作家さんになったいきさつからご紹介しましょう。

4人姉妹の3女として佐賀県唐津で生まれた由起子さんは、小さなころから唐津焼に親しんで育ったそうです。お父さまやおじいさまが骨董好きだったこともあり、自宅には古唐津の焼き物が多数あったとか。

「小さなころから唐津焼で食事をしていましたし、仏様のお供えも唐津焼で。視界の中には常に唐津焼がある家でした」とその環境を懐かしそうに語ります。

工房には電気窯が3台。窓の向こうは緑豊かな山の風景です。

ものづくりを仕事にしたいと造形を学ぶために短大に進学。卒業後、由起子さんが選んだのは、郷土の伝統工芸である陶芸だったそうです。

「織物や染色に興味もあったから、生まれ故郷がその産地だったら布に関わっていたかもしれません。でも私が生まれ育った唐津には唐津焼がありましたから、迷うことはありませんでした」

その決意を聞いて喜んだお父様をはじめ家族全員に応援され、卒業後すぐに陶芸家として独立した由起子さん。学校に通ったり、窯元に弟子入りしたりといったプロセスは経ずに陶芸家としての活動をスタートしました。お父様に「早く独立したほうがいい」とアドバイスされたからです。

薬剤師だったお父様からは、「薬の研究は成果が出るまでにかなり時間がかかる。少しでも早く一人前になってよい器をつくれるようになるべきだ」とアドバイスされたそう。焼き物をこよなく愛するお父様にとっては、陶芸家として成功することは新薬の開発と同等の歳月がかかるほど大変なこと見込んでのことだったようです。

由起子さんの器でいただいたお茶とお菓子。小皿の上にのっているのは唐津の銘菓「松原おこし」です。

できないことを認め、学びなおした時期も

しかし、そのプロセスを選んだことによって、由起子さんは苦悩する日がやってきます。「でもやっぱりうまくいかなかったんです。だから尊敬する隆太窯に見学に行かせてもらうようになって、そうこうするうちに窯の仕事を手伝いながら勉強させてもらえるチャンスをいただきました」

隆太窯に弟子入りするには住み込みで3年間みっちり修業をするのが通常コース。由起子さんはかなり特例だったようですが、「ほかにそういう人がいたかは知らないんです。あまり周りと自分を比べることがなくて…」とにっこり笑います。そんな中、「今となっては、なにもわかっていないと若いころに気づけてよかった」と話してくれた瞬間、ふと真剣な眼差しに切り替わったことが印象的でした。

スポ根さながらの筋トレも必要だった

粘土をこねる過程も見せてくださいました。全身を使って固い粘土を柔らかくします。確かにこれは、筋肉が必要!

ちなみに、隆太窯に通う前の由起子さんが陶芸家として一人前になるために行っていたことの1つは「筋トレ」だそうです。

「始めた当初は粘土が重くてかかえられなかったんです。粘土をこねるのもかなりの筋力が必要でした。これでは続かないと危機感を持って、筋肉をつけることにしたんです」と笑いながら教えてくれました。ちょっとおもしろいエピソードではありますが、ご本人はいたって真剣。日中の制作が終わったら、まずは犬を連れて近所の田んぼのまわりを5周し、その後脚に重りをつけて浜を走るというのがお決まりのコースだったそう!

「数日休むとここの筋肉が衰えて細くなっちゃうのよ」と由起子さん。陶芸家専用の筋肉がしっかりついているようです。

スポ根漫画のようなそんなトレーニングを経て、今では粘土を運ぶのもお手のもの。粘土こねもとても美しく手早いのが印象的でした。

由起子窯といえば、の黒唐津と茜唐津

由起子さんのことをご存知の方は、「由起子窯といえば黒唐津」と連想する方が多いかと思います。

取材前日に窯から出したという黒唐津の湯のみ。同じ釉薬を使い、同じ窯で焼いても色合いはこんなに違います。また使っていくうちに微妙に色が変化するのも特徴だそうです。

黒唐津は、由起子さんが3年かけてつくりだした釉薬によるもの。どっしりとした黒の質感の中に、宝石のようなきらめきも混じる、奥行きのある器です。

由起子さんご自身も「黒は魅力的ですよ」とうっとりと語るほど。洋食でも和食でも、上にのせる料理がぐんと引き立つ、幅広い世代を魅了してやまない人気のシリーズです。

こちらは茜唐津。由起子さんオリジナルの色合いです。

また、茜唐津も由起子さんの代表作です。こちらは女性らしい暖色系のカラーリングが特徴のシリーズで、静かな佇まいの中にも主張しすぎない華が宿っています。

黒唐津が由起子さんの芯の強さを表わしているとしたら、茜唐津には女性らしさやたおやかさが現れているよう。人々を魅了してやまないそんな焼き物は、そんな由起子さんがつくっているからに違いないと、お会いしてみてそう感じました。

ごはんをおいしくする普段使いの焼き物を

由起子さんが焼き物作家になった理由のもう1つは、焼き物が「使えるもの」だから。由起子窯の作品は、飾って鑑賞するものではなく「使う」にこだわります。そんな由起子さんが現在注力している焼き物の1つに、土鍋があります。

つくりはじめたきっかけは「土鍋で炊いたごはんが食べたくて」と、いたってシンプル。佐賀大学が主催した「ひと・ものづくり唐津プロジェクト」に参加し、唐津焼で土鍋をつくるノウハウを研究・開発。唐津焼は本来直火に耐えることができないため、材料である土に別の素材を混ぜて土鍋用の粘土をつくりあげたそうです。

「私の元気のもとはこの土鍋で炊いたごはん」と断言するほどの出来ばえで、ほかのどんな道具で炊くよりもごはんがおいしく炊けるとのこと。なお、この土鍋で炊くようになってから、ご飯がおいしいのでちょっと体重が気になってきた・・・というエピソード付きの、魅惑の土鍋でもあります。

恋も唐津焼が運んでくれた

小学5年生の女の子を育てるお母さんでもある由起子さん。ご主人は東京・銀座で割烹料理店を営む板前さんです。出会いは修行をしていた隆太窯で。お茶事の際、料理をつくりに来ていたのがご主人だったそうです。

「主人がつくったじゅんさいのお椀をいただいたとき、こんなにおいしいものがこの世にあるんだと驚いたんです。本当においしかったなぁ」
そう話したときの由起子さんは、恋する乙女の顔でした。

自称・くいしんぼうの由起子さんの心はぎゅっとつかまれ、その後ご結婚。出産後しばらくは作陶から離れ東京で家族3人で過ごしていましたが、2011年に由起子さんはお嬢さんと唐津に戻り、再び作陶に専念する生活を送っています。

「先日東京に出向いたときは、娘の希望で原宿に行ってきたんですよ」とやさしいお母さんの顔でお話してくれました。

由起子さんの器への姿勢は「主役の料理を引き立てるもの」ということ。あくまで料理がおいしそうに見えるようにと、バランスを大切にして作られています。

絵付けは生後数か月の赤ちゃんからウエルカム

由起子さんが今後力を入れたいことに、赤ちゃんの絵付け体験があるそうです。

実は、由起子窯で絵付けをした最年少は生後5か月の赤ちゃん!さすがに早すぎるのではと思うかもしれませんが、由起子さんいわく「ベストな時期」とのことなのです。

「首がすわってものがつかめるようになれば、筆が持てます。その筆を思うままに動かせば絵になりますよね。なにも考えないで描いた絵ほどすばらしいものはありません。だから、子どもにはなるべくはやく絵を描かせてあげたい。器ならそのあと使ってもらえるからさらにいいと思うんです」と、力説してくれました。

その一瞬しかできえない絵はご両親にとってもかけがえのない作品です。小さな我が子に筆を持たせ、絵を描く時間は幸せにあふれているそう。「覚えていないでしょうけれど、大人になったときにそんな体験をさせてもらえてよかったな」と思ってもらえるはずと太鼓判を押します。

これからもこの土地で器づくりを

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天気がいい日はここでお茶や食事をすることもあるので、テーブルは常に野外に1つ置いてあります。

工房は自宅を兼ねているので、娘さんのキッズチェアやピアノが置かれていたりと由起子さんの暮らしぶりが垣間見える素敵な空間でもありました。毎日料理をするキッチンには普段使いしやすい由起子さんの器が並んでいます。さんさんと光が差し込み、窓の向こうはみかん畑。そんな環境で静かに暮らしながら、由起子さんは今日もこの土地でろくろをひいています。

あと数年でご主人が銀座のお店を閉める予定で、夢だった唐津での3人暮らしが現実のものになるそうです。工房の隣に家を建て、由起子さんの器をつかった食事会や、ご主人のお料理教室などを企画しているとのこと。これは楽しみですね!

毎晩すぐ近くの温泉に通っているそうで、この籠はお風呂用のバッグでもあるそうです。名前付きなのはそれが理由。

取材後、隣の畑でみかんを収穫させてくださり、甘くておいしいみかんをおみやげに友達の家から帰るような気分で由起子窯をあとにしました。購入したお皿を見るたびに楽しかった時間がよみがえり幸せな気持ちになります。


問い合わせ先

由起子窯
〒849-5123 佐賀県唐津市浜玉町東山田800・1
TEL:0955-56-8701

伝統技術とデジタルツールを使う、ハイブリット作陶家 ~器とデザイン 宮崎雄太さん~

佐賀県有田町の内山地区は、かつては「有田千軒」と言われるほど栄えた器の街。
そのメインストリート沿いにある「赤絵座」は、陶芸家の独立支援の場として、この街の期待を背負った若手の作家さんに工房兼ギャラリーとして提供されている場所です。

古い建物が並ぶ風情のある通りでひときわ目を引くスタイリッシュな看板を掲げた外観でした。

この赤絵座で現在作陶を行うのが器とデザインの宮崎雄太さん。
古い引き戸を開けると、アシンメトリーに片側を刈上げたヘアスタイルの宮崎さんが笑顔で出迎えてくれました。

宮崎さんは陶芸をメインに、デザイナーとしても活躍するクリエイター。
ご出身は福岡県の久留米市で、東京で8年間グラフィックデザイナーとして働いたのちに、この土地で作陶を始めました。

陶芸家として発表した最初の作品はこのフリーカップ。このトーンをほかの器にも広げ、宮崎さんの世界観をつくりだしています。

作られている器は研ぎ澄まされていますが、ひとことお話を始めると物腰のやわらかいやさしい人柄であることがすぐにわかるはずです。

デザイナーから転身したわけ

さて、そんな宮崎さんにまず最初に伺ったのは、なぜグラフィックデザイナーから陶芸家に転身したのかということ。

「デザイン事務所で6年働いて、独立してからは2年働きました。南青山に住みながら働き、いろいろな企業のパッケージデザインなどに関わらせてもらって刺激的な毎日でしたが、あるときふと、受け身の仕事に疑問を持ったんです」

デザイナーの仕事の多くは、企業から依頼されてデザインをつくること。それはクライアントの「こうしてほしい」「こんなものをつくってほしい」に応えることです。相手の希望に沿ったものをカタチにするその仕事は、時にはミリ単位で修正があることも。もちろんそれもおもしろい仕事に変わりはありませんが、宮崎さんはもっと自らのクリエイティビティを発揮する仕事がしたくなったそうです。

「ものづくりをしたいという気持ちが強かったので選んだ仕事でしたが、自分のやりたいこととは少し違うなと。そんなときに出会ったのが陶芸でした」

宮崎さんがつくるのは、ほとんどが白と黒のスタイリッシュな器。

有田は実家から近く、住み慣れた九州であったこと、自分の手を動かしてものづくりがしたいこと、つくるなら生活に密着した「普段使いのもの」をと考えたこと。
その結果、家具と器に行き着き、最終的にひとりで完結できる陶芸の分野へ足を踏み入れたそうです。

その後の行動はスピーディー。有田窯業大学校に入学し、2年間有田焼づくりを基礎からしっかり学びました。そして、実力が認められ赤絵座に工房を構えて1年半。その歩みはとても順調に見えますが、「窯業大の卒業生や肥前地区では同年代の活躍している人がたくさんいるので、僕ももっと頑張らなくては」と謙虚な姿勢です。

「僕がつくる器は、華やかではないですし、単品と言うよりは群で魅せるスタイルです。質感も大切にしていて、これも実際に触ってもらってわかってもらえるもの。地道にやっていこうと思います」
そんな客観的な分析ができるのはデザイナー出身ならではかもしれません。

「こんな器をつくってほしい」という注文をうけることもしばしばあるのだそうです。用途に沿った大きさや形などざっくりとしたイメージを伝えてもらってからは、宮崎さんいわく「あとは感じよく仕上げます」とのこと。

「焼き物は2つ同じものはつくれないのが魅力。僕のつくる器のテイストを気に入って注文してくれるのがとてもうれしいです」

デジタルと手作業の”いいとこどり”

そんな宮崎さん、作陶法もデザイナー出身であることが活かされていました。

まずは「こんなものをつくろう」と、アイデアを紙に描きます。これは他の作家さんも行っているごく普通のプロセスですが、その後宮崎さんはデザイン画をパソコンに取り組み、グラフィックデザインをつくる要領で、デジタルデータに落とし込みます。

有田駅前カフェ「Café hestia」のテイクアウトコーヒーで使われているタンブラーの原案となったもの。宮崎さんのデザインです。

焼き物は、窯で焼くと一定の割合で縮むという性質があります。
デジタルツールに落とし込む1番目の理由が、器用のへらとトンボと呼ばれる深さと直径を測る道具を作るためです。
これにより、作る段階の拡大が容易になります。
2番目に器の曲面などのラインをかくにんしながら微調整できる点があります。
3番目にすべての作品の設計図がデータとして残っているため、時間が経ってからでも忠実に同じものをつくることができます。

伝統の技法を使いつつも、現代的なツールも使う。よいところをそれぞれ取り入れるハイブリッドなスタイルです。宮崎さんの作るものは、スタイリッシュさと手作業のあたたかみのどちらも伝わってきます。それは、そんな柔軟なつくり方も影響しているのかもしれません。

気軽に使ってほしいから、もし割れたらまた買える価格帯で

おしゃれなデザインかつサイズや重さがちょうどいいと評判のラーメン鉢は人気商品の1つです。

宮崎さんが意識しているのは、たくさんの人が毎日つかえる価格帯の器をつくること。
毎日の暮らしにつかえるものをつくりたいという思いは、そんなところに反映されています。

「割れたからまた買おうと思ってもらえるのが目標です。そのためには、見た目はもちろん価格設定も大切にしたい。今はまだ、僕の器を買ってくれるのは30~40代の器好きな方たちが一番多いのですが、ゆくゆくはもっと若い世代の人たちにも気軽に使ってもらいたいです」と、展望を語ってくださいました。

有田焼や唐津焼ではなく「お好み焼き」

ところで、宮崎さんがつくる器は有田焼なのでしょうか?
そんな疑問を投げかけたところ、「よく聞かれるんです(笑)」との第一声。

「有田の窯業大学校で技術を学んだので技術は有田焼です。でも細かいところは違うかもしれませんし、ジャンルやカテゴリーにはこだわりはないので、そんなときはみなさんのお好みで決めてもらえたらという思いから”お好み焼きで”と答えています」と、笑いながら教えてくれました。

つくり方に始まり、さまざまなことに対して柔軟な考え方を持つ宮崎さん。「こうでなければいけない」というところがなく、自由で心地よい様子は作品にも表れています。そんな姿勢でつくられているからこそ、デザイン性が高いのに肩ひじ張らずに日常使いできる食器になっているのかもしれません。

工房内も整理整頓が行き届いていました。ツールはラベルを貼った引き出しに収納されていて、すっきりと片付けられています。

これからも、柔軟に

「これからは、クラウドファンディングなども活用して、新しいラインをつくりたい」と今後の抱負も語ってくれました。デザインの仕事のノウハウを活かして新しいコトを企画しているそう。有田の街に、次はどんな風を吹かせてくれるのかわくわくします。

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赤絵座に工房を持てるのは3年間と期限が決まっているので、あと1年ちょっとで別の場所へ移転して完全に独立しなければなりません。「窯をどこに持つかなど考えますが、なるべく制約のないところでつくりたいですね」と、独自のスタイルは崩さないようです。

赤絵座では絵付けやろくろ挽きの体験も随時受け付けています。宮崎さんにご興味がある方は早めに訪れてみてください。宮崎さんならやさしく丁寧に教えてくれるに違いありません。


問い合わせ先

器とデザイン 宮﨑雄太
〒844-0006 佐賀県西松浦郡有田町赤絵町1-2-18
email:uturn_m@me.com
website:http://utsuwatodesign.jp/

この土地のよい土をよい器にする好循環を ~鳥巣窯 岸田匡啓さん~

鳥巣窯(とりすがま)は、佐賀県唐津市内の東部に位置する浜玉町の山の上にある窯元です。
ときおり海が見える山道を10分ほど登ると、「鳥巣地区」と呼ばれる集落にたどり着きます。地域の集会場の駐車場に車を停めて、工房にお邪魔しました。

標高600メートル。気温がふもとより5度低いと言われるその土地は、標高1600メートルの位置にあります。気持ちがシャキっとする冷たく澄んだ空気の中に、鳥巣窯はひっそりと佇んでいました。

出迎えてくれたのは、この窯の主である岸田匡啓さん。窯に併設されたご自宅では、数か月前に生まれた娘さんがお昼寝中とのことでした。

岸田さんの器でお茶とお菓子いただきながら、じっくりとお話を伺いました。

師匠の作品と人柄に魅せられて夫婦で移住

岸田さんは、奥様とこの土地に移住してきたIターン作家さんです。ご出身は静岡県とのこと。東京で働いていた岸田さんが唐津にやってきた理由がまず気になるところでした。

「もともと焼き物を見るのが好きで、旅行で訪れた際に唐津焼の窯元さんを訪ねたりして、つながりができていたのが大きいですね。日本各地にさまざまな焼き物がありますが、唐津焼は自分の理想とする器づくりに一番近かったということもあります。でも、なによりの決め手はのちに師匠となる川上さんの作品に魅せられたことです。」

岸田さんの人生を変えるほどの器をつくる「川上さん」とは、川上清美陶房の川上清美さん。芸術性の高い器をつくり、全国にファンがいる人気陶芸家です。

「作家名を出さずに器を展示するギャラリーでいいなと思った器が川上さんの作品ばかりだったんです」と、岸田さんの感性を大きく揺さぶるほどの作品を数多くつくられています。

お茶を運んでくれた奥様も「主人が唐津で独立しようと決心したのは川上さんの魅力によるところが本当に大きいんですよ」おっしゃるほどでした。

「作品はもちろんのこと、人柄もすばらしくて。尊敬してやまない自慢の師匠です」とのこと。岸田さんは、師匠の元での修業期間中に、唐津焼きの素材としての唐津の土の魅力から、自分の身を置く土地としての良さまで実感されたようです。

陶芸は、過去と未来の自分を1つにつなぐ存在

とはいえ、どんなに器が好きだとはいえ、陶芸家としてやっていこうと決心することにはつながらないはず。岸田さんが陶芸家を目指した理由も気になるところです。

大学では美術史を学び、戦後のアメリカ美術を専攻していた岸田さん。建築とアートの境界に強い興味を抱かれていました。その後も大学職員として働きながら、当初は建築の道に進むべく勉強をしていたそうです。しかし、さまざまな部門を経て、それぞれの担当者がかかわりながら1つの大きなものをつくる建築よりも、「自分でゼロから完成まで携わり、材料とつくるもののよい循環を生み出すこと」が本当にやりたいことだと感じるようになり、建築ではないなにかを探していたタイミングで出会ったのが陶芸でした。

「たまたま訪れた栃木県の益子で、益子焼の陶芸体験をしたときに、これが自分のやりたいことかもしれないと感じたんです。これなら一生やっていけるに違いないという確信もありました」

それまで学んでいたことと、これから追い求めていきたいことが1つにつながった瞬間だったそうです。

スコップをかついで山から山へ

岸田さんは器をつくるための材料である粘土のために、まず土を調達することから自分で行います。スコップをかつぎ、大きな袋を持って、よい土がありそうなところへはどこまでも出かけます。工房には100種類以上の土が置かれていました。唐津の土を中心に使い、自宅の裏山の土を使うこともあれば、遠くは伊万里、有田、波佐見まで土を採りに行くこともあるそうです。器によい土が豊富なこともこの地域に移り住んだ理由のひとつでもあるのだとか。

壁一面に積まれた、土、土、土…!

そして、採ってきた土を粘土に精製することも自分で行います。そうやって完成した粘土は、地域や素材のまじりあい具合から少しずつ異なる特性を持ち、それを最大限活かした器へと形づくられていきます。

取材中、何度となく岸田さんが言葉にしていたのは「よい循環」。自然の一部である土を、一番よい形の作品に、自らの手でつくること。これが岸田さんにとって理想的な創作活動の姿なのです。

粘土だけでなく、釉薬も手づくりしているとのこと。近所の農家からもち米をつくった際に出来る藁もらって藁灰を作っている

いただいたお菓子を乗せていたお皿も「そのあたりの土からできているんですよ」と教えてくれた岸田さん。驚く私たちに「器は、本来そういうものですから」と笑顔で教えてくれました。ひょうひょうと話すその様子からは、土を採りに行くことからご自身で行う創作活動が、岸田さんにとってはあたりまえのことなのだと伝わってきました。

理想的な土地‘鳥巣’に出会う。

師匠である川上さんの陶芸に魅せられ、唐津で修業をするうちに唐津焼の魅力に目覚めた岸田さんは、早い段階から唐津で独り立ちしたいと決心するようになりました。

唐津市は佐賀県の中でも大きな都市ですが、この鳥巣地区は人里離れた山の上。成長した娘さんが通うはずだった小学校の分校も数年前に閉校になってしまったそうです。もっと便利な場所に工房をかまえることもできたはずなのに、なぜここを選んだのでしょうか。

そのお答えは「ここにイメージしていた通りの登り窯とそれを取り巻く環境があったからです。」とのこと。

イノシシやアナグマがひょっこりと顔を出すほど自然豊かな環境の中、登り窯は山の斜面に沿うようにつくられています。

静かな雰囲気の集落の中にある敷地、木々に囲まれた敷地にある一軒家、そしてイメージしていたサイズと傾斜の登り窯、そのような理想的な環境に惹かれ、ここで独立する決心をしたそうです。

大きな登り窯ですが、それでも比較的小ぶりなほうだとか。

とりすまつりは地域を巻き込んだ一大イベントに

今年、第一子となる娘さんが誕生した岸田さんファミリー。その人柄もあるのでしょう。すでにこの集落の一員としてご近所づきあいもとても良好なようです。私たちが車を停めさせてもらった消防団にも岸田さんは団員として所属しています。

唐津観光協会が毎年秋に開催している「窯元ツーリズム」時には、鳥巣窯は「とりすまつり」といって集落全体をまきこんだイベントを開催しています。今年のとりすまつりは第4回。年々規模が大きくなり、鳥巣窯だけでなく集落の集会場も会場に。おもちつきを行ったり、この地域の農産物を販売するマルシェや郷土料理のビュッフェのほか、岸田さんの器に鳥巣産の多肉植物を寄せ植えするワークショップを開催するなど、とにかく楽しそうな内容でした。

鳥巣地区で栽培されている多肉植物と岸田さんの器のコラボレーション。とりすまつりでは寄せ植えワークショップが開催されます。

最初は窯元ツーリズムに参加するので、出来れば鳥巣の山里の良さがわかることをしたいと、ご近所さんに話したところ、「餅つきでも、みんなでしようか!」と提案してくれて、だんだん手伝ってくれる方が増えていきました。今年は地域のみなさん総出のイベントになりそうとのこと。

とりすまつりは、1年の中でこの地域に最も多くの人が訪れる一大イベントになりつつあります。

底の痕跡も唐津焼の魅力

岸田さんにとって唐津焼の魅力はどこにあるのかも伺いました。

「古唐津」と呼ばれる桃山時代の唐津焼には、伝統と品格がありつつも、飾りすぎない魅力があるとのこと。肩の力を抜いて使える器や花器が、唐津焼には多いそうです。

そして、器の底部分にも魅力がたっぷりあるのだとか。
器の底には焼いた後に削り取った部分があり、素材の砂気によってその部分の削り味が違うのです。粘土の「ちりめんじわ」も底の部分にあり、どんな土を使って、それをどう精製してつくられたのかがわかる痕跡が現れます。

土から器づくりをする岸田さんらしい、ややマニアックな観点ではありますが(笑)、人の手でつくられたことが一番よくわかる箇所なのだそうです。

見る人の心に響く器をつくりたい

岸田さんがものづくりをする上で大切にしていることは、作品を目の前にしたときの心の響きです。

「美術館やギャラリーでは、見た瞬間に心がシンとする作品に時折出会えます。僕にとっては川上さんがそう。「古唐津(桃山時代の唐津焼)」をはじめとする桃山時代の名品にもそれを感じるし、そんな感覚を与える器を作りたい。どんな器をつくったらそうなるのかは自分でもまだわからないのですが・・・。いつもそのことを考えて、土に向かっています」

山の上に工房を構え、ストイックに素材から吟味してものづくりを行う陶芸家というと、なんだか近寄りがたいイメージを抱きがちですが、岸田さんはおだやかな物腰でどんな質問にも丁寧に答えてくれる、笑顔の素敵な若い作家さんです。かわいくて仕方がないという娘さんの子育てに奮闘するイクメン新米パパでもあります。

とりすまつり開催中でなくても、鳥巣窯は来訪者歓迎ですのでぜひ訪れてみてください。普段はおもちつきはありませんが、素敵な笑顔の岸田さんご夫妻がお迎えしてくださいます。あたたかい気持ちになることをお約束します!


問い合わせ先

鳥巣窯

〒849-5113 佐賀県唐津市浜玉町鳥巣880-1
website:https://masahiro-kishida.jp
e-mail:monodialogo@gmail.com
TEL:0955-58-2111

京都で唐津焼の若手作家4人の個展を開催!

唐津焼きの若手作家4人が京都で個展を開催します。

岡本修一さん、小杉隆治さん、福田和祐さん、藤ノ木陽太郎さんの4名が

ぐい呑をテーマにそれぞれの作風を感じる逸品を作り展示しております。

<土物語 唐津の巻>

会期:11月15日~26日 (会期中無休)

場所:酒の器Toyoda(612-8047 京都市伏見区上油掛町190)

作り手:岡本修一 小杉隆治 福田和祐 藤ノ木陽太郎