伝統をつなぐ最後の工房が挑む、未来に残す和紙づくり ~名尾手すき和紙 谷口弦さん~

佐賀県大和町の名尾地区は、かつては手すき和紙「名尾和紙」の一大産地として栄えた土地です。約300年もの歴史を誇る名尾手漉和紙は、現在は佐賀県の重要無形文化財に指定されている伝統工芸品。その美しさや品質の良さには定評があります。

肥前名尾和紙の入口。この坂を上っていくと工房と展示室があります。

この地の和紙づくりは、集落をあげて行われていました。山間部で農地があまりなかったこともあり、この土地でできる数少ない産業だったからです。原料である梶の木ときれいな清流があることも和紙をつくる土地に適していました。この地のすべての世帯が何らかの形で和紙づくりに携わっていたほどだったそうで、その数は100軒以上に上りました。しかし現在残る工房は、今回取材させていただいた「肥前名尾和紙」ただ1軒。名尾の伝統文化を伝える最後の工房です。

跡取りは、日本最年少の紙すき職人

私たちを出迎えてくれたのは、「伝統を受け継ぐ職人さん」という言葉のイメージとはまるで違う、“今どき男子”でした。肥前名尾和紙の7代目である谷口弦さん。27歳で紙すき職人としては「おそらく最年少」だそうです。

装いも、Tシャツにパーカーを羽織ったラフなスタイル。「伝統工芸品」「職人」などの言葉からハードルを感じがちな人も多いかもしれませんが、弦さんからはそんな壁を感じることは決してないでしょう。3年前まで人気ブランドのアパレル販売員として働いていたという経歴の持ち主です。

明治9年に創業した肥前名尾和紙は谷口家が代々跡を継いでいて、弦さんは7代目。3人男兄弟のご長男だそうです。

最近のマイブームは「リサイクルショップめぐり」。古い有田焼を求めて佐賀市内に出かけることが多いそうです。

伝統を守りながら時代に合う新しい和紙づくりも

弦さんがさっそく、展示室を案内してくださいました。1歩入ると、目を見張るほどの美しい光景が待ち構えていました。

私たちが普段の暮らしで触れる機会の多い和紙は、葉書や便箋などがほとんどではないでしょうか。それらを手に取っても「おしゃれ」と思うことはあまりないかもしれません。

しかしこの部屋にあった和紙は、どれもとびっきりおしゃれで素敵。インテリアとして飾られたカラフルな和紙から透けるやわらかな光が、とても心地よい空間を演出していました。

障子もカラフルな和紙を張るだけでステンドグラスのよう。色和紙を小さく切って張るため、1枚の大きな白い和紙を張るよりも張替がラクなのだそう。うっかり穴をあけてしまってもその場所だけ張り替えればいいなどメンテナンスしやすさも抜群になります。

カラフルな「染め和紙」や、模様が透けた「透かし和紙」は、6代目である弦さんのお父様の代からつくりはじめたものなのだとか。開発に10年の歳月を要したという力作です。

「祖父の代までは質のいい白い和紙をつくっていればいくらでも需要があったのですが、今はこういった工夫が必要になってきています。伝統を守りつつ時代の流れに寄り添った新しい和紙づくりにも今は挑戦しています」。

展示室は古い和風建築ですが、入口をはさんで反対側には、こちらも“今どき”にリノベーションしたおしゃれな空間。ここには和紙を使ったさまざまなグッズが並んでいました。

壁紙や床の一部は和紙でできているそう! どんなインテリアにも合いそうなシンプルなランプシェードやポーチなどもすべて和紙製です。どんなフォルムにも形を変えることができる和紙の可能性を垣間見られる空間でした。

アレンジが効くのは高品質だからこそ

ほかの素材と比べるともろい印象の「紙」ですが、原料や製法がしっかりしていれば用途の幅が広がるようです。しかし、どの和紙もそうであるとは限りません。そこに名尾和紙の特長がみられます。

「一般的に和紙の原料は楮(こうぞ)やみつまたですが、名尾和紙は梶の木が主原料になっています。梶の木は繊維が長いため、それだけ丈夫な和紙がつくれます。薄さと強さを兼ね揃えた名尾和紙は、提灯や障子紙など光を通すものへの需要が高く、今でも提灯屋さんからの注文が止まることはありません」(弦さん)

地域の学校の卒業証書なども受注生産。半年かけて校章を透かし加工し、1枚1枚丁寧につくっているそうです。

名尾和紙ではこの梶の木を栽培することから和紙づくりをしています。毎年1月に梶の木を1年分伐採し、硬い皮をはがすところからスタート。大きな窯で煮炊き、撹拌し…とすべての工程を昔ながらの製法で行っているのです。

こちらが梶の木。特長的な形の葉っぱは、会社のロゴマークになっているそうです。

干し柿づくりと紙すきのちょうどよい関係性

名尾和紙は冬場の数か月は紙すきを中止します。その理由は「干し柿づくり」。
取材に伺った12月も、和紙工房には人がおらず、ちょうど休止期間中でした。

この地域は干し柿の生産地としても知られていて、冬には各地でオレンジ色の柿が大量に干され、さながらオレンジ色の大きなカーテンのような光景が随所で見られます。

「ちょうど今朝、柿をすべて干し終わったんですよ」と、案内してくれました。

数万個の柿が干された様子は、圧巻のひとこと。毎年カメラを抱えた写真愛好家が撮影に訪れるほどだそうで、確かにフォトジェニック!インスタ映えも抜群です。

「他の産地では、紙すきは農業の閑散期の冬場に行う副業なこともあるようですが、うちはその真逆。柿の皮は梶の木のよい肥料になるんですよ」と、和紙づくりと干し柿づくりが相互でよい影響を与えていることも教えてくれました。

ちなみに、取材日に柿が干されていたこの場所ですが、柿のあとには伐採した梶の木が干されるのだそうです。こんなところも合理的です!

大量に干してあるのは梶の木です。よく見ると、柿が干してある小屋と同じです。

ラスト1軒になっても続けるわけ

この地に残る最後の和紙工房となった理由はなぜなのでしょうか。まわりがどんどん辞めていく中、それでも続けていることに、きっと強い思いがあるのではと思わずにはいられません。弦さんに伺ったところ、

「じいちゃんに聞いたら、『うちだけになったら儲かろうもん』って言われました(笑) 」

とのお答えでしたが、それは冗談。改めてしっかりとした理由をお話しくださいました。

休止中の工房で紙すきをする様子を実演してくださいました。ちなみに紙すき時も服装はこういったカジュアルな普段着を着ているそうです。

「うちまで辞めてしまったら、障子屋さんと提灯屋さんが困るから続けたと祖父は言っていました。伝統を守りたいという思いよりは、必要としてくれる人たちのために続けてきたら、最後の1軒になってしまったようです」

なくてもいいけれど、あったらもっといい和紙をつくりたい

今、肥前名尾和紙の7代目として、弦さんが取り組んでいる新しい試みがあります。そのために、中川政七商店に会社のブランディングをコンサルティングしてもらっているのだそう。

「間もなくその成果をプロダクトとして発表する展示会を控えていて、今はそれで頭がいっぱいです」とのこと。伝統と若い感性が融合した、なにやらおもしろいプロダクトが生まれるようです。

別れ際に、弦さんのこれからの夢や目標を伺いました。

「和紙で、名尾や佐賀県を良い方向にもっていく1つのきっかけになれたらいいなと思っています。なくても生活はきっとできるだろうけれど、それでもあったほうがいいよねと思われるような存在に和紙をしたいです。そんな和紙をつくる紙すき職人になりたいです」

冗談交じりに笑いの絶えない取材となりましたが、最後にこのようにしっかり締めてくださり、とても頼もしく感じました。27歳の弦さんがこれから名尾地区に新しい風を吹かせるのは、きっと間違いないでしょう。


問い合わせ先

名尾手すき和紙株式会社
〒840-0205 佐賀県佐賀市大和町名尾4756
TEL:0952-63-0334